がばい旋風再現 次こそは 佐賀北、聖地で奮闘 久保監督と選手、固い絆

西日本新聞

 「がばい旋風」で頂点を極めた12年前の偉業を知らない後輩たちと、力を合わせて戦った元エースに涙はなかった-。6日開幕した夏の甲子園に2007年の優勝校、佐賀北が登場。当時「1番」を背負った久保貴大監督(30)の初采配に注目が集まった。2年前、監督就任当初は成績不振で選手との溝に苦しんだが、地道に向き合い聖地に戻ってきた。神村学園(鹿児島)に2-7で敗れはしたものの、選手と築き上げた信頼を力に躍動した。

 「子どもたちと目指してきた素晴らしい舞台でした」。敗戦後のインタビュー。監督として臨んだ今回の甲子園について尋ねられた久保監督は、しばらく考え込んだ後、そう答えた。

 地元の大学院修了後、母校に戻り野球部の副部長を務めていた久保さんが、百崎敏克前監督(現・副部長)から後任のバトンを託されたのは17年の夏大会の後だった。「母校の監督として子どもたちと甲子園を目指したい」とチームの強化に乗り出したがなかなか思うような成績を残せずにいた。過去の栄光に対する周囲の過大な期待も足かせになっていたのかもしれない。

 起用法や采配に選手の不満が噴出。「百崎先生に戻ってきてほしい」との声も上がるようになった頃、百崎前監督から引き継いだ「交換日誌」が救いに。口べたな性格だったが、日誌を通じて選手と本音を伝え合い、少しずつ心の距離を縮めていった。今夏大会前からは成績も上向き、「久保監督と甲子園に行きたい」という言葉も聞かれるようになった。県大会で甲子園の切符をつかんだ時は、取材陣の前で号泣した。

 全国制覇から3回目の甲子園となった佐賀北。あの年と同じく開幕日が初戦ということもあって、「がばい旋風再びか」と周囲の期待は高まったが、惜しくも敗れた。

 「厳しい戦いもあったが、子どもたちがまたこの場所に連れてきてくれた」。選手への感謝の言葉を何度も口にした久保監督。「子どもたちを鍛えてまた戻ってきます」。平成のあの夏。仲間たちとつくった伝説を、次は子どもたちとつくりにいく-。

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