大牟田準V 高校総体柔道男子団体 森 代表戦で斉藤に屈す

西日本スポーツ

■2-0から惜敗

 悲願の日本一まで本当にあと少しだった。柔道男子団体決勝。大牟田は国士舘を2-0でリードしたが、中堅でチームの要の森健心(3年)が引き分け、副将、大将戦を連敗した。そして代表戦で森が国士舘の絶対的エース斉藤立(同)に大外刈りで一本負け。「決め切れないのが情けない。仲間たちに申し訳ない」。森の目から涙があふれた。

 大牟田は序盤から流れをつかんだ。先鋒の竹市大祐(同)が17キロ重い相手に開始18秒でともえ投げを決め、次鋒の石本慎太郎(2年)が足車で一本勝ち。「前の2人が役割を果たし、自分が決める流れをつくってくれた」と森は感謝する。超高校級の斉藤との対戦を前に勝負を決める狙い通りにきていたが、そこから国士舘の底力を見せつけられた。

 3月の全国選手権、7月の金鷲旗、全国総体の決勝は全て同じカード。高校三大大会でまだ優勝がない大牟田は、国士舘に高校3冠を許し、3大会で全て準優勝だった。杉野健次郎監督は「決勝で全部国士舘に負けたのは私の力不足。選手は全力で頑張ってくれた」と泣き崩れる選手たちをたたえた。

 それでも九州・沖縄勢の決勝進出は、1989年に準優勝した沖縄尚学以来30年ぶり。令和最初の年が学園創立100周年でもある大牟田は、地元九州での総体で大きな一歩を記した。竹市とともに1回戦から決勝まで個人としては一度も負けなかった石本は、首に掛かったメダルを見て「金がいいけど、銀も重さを感じる。1年頑張ってさらに強くなりたい」と誓った。現チームが現実にしかけた頂点に立つ夢は、後輩たちに引き継がれた。 (広田亜貴子)

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■前原前監督遺影手にOB声援

 大牟田はOBたちが2年前に77歳で死去した前監督の前原勝彦さんの遺影を手に声援を送った。全日本柔道連盟常務理事の西田孝宏さんは「国士舘をあそこまで追い込んで、前原先生も感無量だったのでは」と選手をねぎらった。1963年に監督に就任した前原さんは70年に金鷲旗準優勝、2000年に全国総体3位など柔道部の礎を築いた。西田さんは「大牟田を中心に九州のレベルが上がり、九州復活ののろしを大牟田が上げてくれた」と伝統を受け継いだ杉野監督もたたえた。

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