「1回目に落ちたのは当然」渋野支える青木コーチに聞く2

西日本スポーツ

 ゴルフのAIG全英女子オープンで日本選手として42年ぶりにメジャー優勝した渋野日向子(20)=RSK山陽放送=は、兵庫県内でアカデミーを開く青木翔コーチ(36)に2017年秋から本格指導を受け「スマイリングシンデレラ」への階段を駆け上がった。当時の渋野はプロテスト不合格になったばかり。自らもプロテストに落ち続け、27歳で指導者の道を志した青木コーチは自身を反面教師に「一本の芯を太く」の信念で失意の渋野を支え、二人三脚で大輪の花を咲かせた。シンデレラに“魔法”を掛けた青木コーチに「シブコ」を語ってもらった。(聞き手・構成=西口憲一)

(1からつづく)

-渋野プロとの出会いは

 最初は彼女が(岡山・作陽)高校3年生のとき。同じ用具メーカー「ピンゴルフ」の契約で、渋野はモニター選手だった。私はコーチ契約で、ジュニアにアドバイスを送る立場。彼女が1回目に落ちたプロテストの後に(用具メーカーから)連絡があった。私自身もテスト会場で見ていた。自信もなさそうだし、違う球を打っていた。いつもの球じゃない。ショットとかを見て「やばいな、これは」と感じた。プロテストを受ける子が未完全なのは当然。その中で自分らしいショットを打っている子は生き残っていける。でも、渋野はそうじゃなかった。彼女の持ち球は常にフック。ドロー系の、きつめの。でも、逆に右に飛んでいた。絶対にゲームを組み立てられないと思った。でも、1カ月後にQTを控えており、ピンの担当者から「どうにかして」と頼まれた。

-ボールコンタクトが課題だったと聞く

 ボールはヘッドに対してこう当たるんだよ、みたいな話から始めた。後は「下手でいいから、ノリと気合と根性で頑張ろう」と励ました。サードQTまで残ったことで、(下部の)ステップアップツアーが(翌年の)主戦場になった。それが良かった。(QT上位で)レギュラーツアーで戦ったら、ボロボロになったと思う。(実力が)到達していない子がレギュラーで戦ったら駄目。とにかく「ノリと気合と根性」。今でも渋野に言っている。うまくさせる、とかは全く考えなかった。強くさせることしか考えなかった。

-「うまい」と「強い」は別物

 ゴルフは確率のゲーム、10球中9球入れたらいいと言われるけれど、外した1球が大事なところで出たらどうすんねん、と。入れたいと思ったときに決められるようになってほしかった。ずっと、その繰り返し。伝えるポイントは、ほんと1個か2個ぐらい。

-練習のクラブはずっとサンドウエッジ(SW)

 渋野には「サンドだけでいい、ショットを打つ資格がないんだから」と言った。一日600球。ひたすら、永遠にサンドで。午前中に岡山から自分で車を運転して、ここ(兵庫県小野市の樫山ゴルフランド)に来て、一日多い日で7時間ぐらい練習した。

-当時は高校を出たばかり。自分でハンドルを握って通うのは大変

 何でも自分で動くように言った。甘やかしたくなかった。自分は今、下部ツアーにいることを分からせたかった。例えば試合に行くのに親も同行すると、宿代や移動代など膨大な経費がかかる。

-渋野プロは食らいついてきた

 彼女のすごいところはしんどくても(弱みを)自分の身内以外には見せない。気遣いもできる。テンションが低いからといって、表情に出さない。そういうところはこれからの子どもたちに、ぜひ見習ってほしい。ご両親の教育だと思う。

-樫山ゴルフランドはアプローチの距離感を養えるように10ヤード刻みで表示板が設置されている。

 10ヤード刻みで看板に当たるまで打たせた。しかも、片手で。左手、右手、両手…全部やる。球数じゃなくてノルマ。例えば「きょうはあそこに当てたら終わろう」みたいな。10ヤードって意外と当たる。次は20ヤード…。少しずつ距離を積み上げることで自信に変わっていく。まずは成功体験を積み重ねること。倒れた自信を取り戻させること。

-結果的には、プロテストに落ちたことが飛躍への一つの転機になった

 1回目に落ちたのは、あの状態なら当然。渋野は「黄金世代」と呼ばれているけれど、勝みなみさんたちと比べたらスタートラインはずっと下。だから、落ちたこと自体に驚きはない。だってそのレベルなんだから、練習するしかないだろ、と。サンドでやることで、インパクト前後の動きを覚え込ませたかった。パッティングも決してうまくない(笑)。僕だけじゃなく、それは本人が分かっている。

(3につづく)
 

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