アジア制した井上大仁「一番強いのは自分」大迫傑に対抗心

西日本スポーツ 末継 智章

MHPS・井上大仁(手前) 拡大

MHPS・井上大仁(手前)

先輩の岩田(左)、木滑(中央)とMGCに出場するMHPSの井上

 東京五輪のマラソン代表を決める注目のグランドチャンピオンシップ(MGC)の号砲は15日に鳴る。五輪とほぼ同じコースを走る男子31人、女子12人の中には、歴代のオリンピアン(五輪出場選手)の意思、会社や部の伝統を背負って走る選手も多い。レガシー(遺産)を受け継ぎ、新たな歴史を紡ごうとするランナーたちを紹介する。

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 男子に3選手を送り出す三菱日立パワーシステムズ(MHPS)は、出場全選手の所属名で唯一の「マラソン部」。昨夏のジャカルタ・アジア大会で日本人32年ぶりの優勝を果たしたエースの井上大仁は部の伝統と誇りを背負って走る。「大迫選手が日本記録を持っているけど、一番強いのは自分。そこは引けない」

 「長崎から世界へ」が部のキャッチフレーズ。三菱重工長崎駅伝部として創部し、1988年からマラソン部に改称した。練習は1カ月当たり800~千キロほどの走り込みが基本。坂が多い長崎市内をじっくりと走り、長い戦いに耐えられる体と心を鍛える。

 練習の基礎を築いたのは元日本記録保持者の児玉泰介前監督。現役時代に旭化成で宗兄弟ら五輪ランナーと汗を流した経験を注いだ。後任の黒木純監督も「児玉さんが築いた練習が今も根底にある」と継承し、2014年仁川アジア大会銀メダルの松村康平ら粘り強いランナーを育ててきた。

 山梨学院大出身の井上は「マラソンで結果を出すなら三菱(現MHPS)だと思った」と入部を志願。忍耐力や体幹を鍛え、躍動感のある走りを支える土台を築いた。

 4月には世界の強豪選手が集うボストン・マラソンに挑戦。トップと約4分遅れの12位に終わり「自分はまだまだ頑張らなきゃいけない。最後まで勝負できる余裕をつけなければいけない」と、さらなる成長を求める。

 今大会で優勝候補に挙げられる井上を軸とした底上げでMHPSは木滑良と岩田勇治も出場権を獲得。同部初の五輪選手誕生のチャンスが巡ってきた。黒木監督は「こつこつ積み上げてきたものが形になっている。3人とも送り出したい」と悲願を口にした。 (末継智章)

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