佐伯育ち、桜戦士輝け 兄と寮生活、猛練習の高校時代 韓国出身 具選手

西日本新聞

具智元選手(右)と肩を組み、笑顔を見せる染矢勝義教諭=7月、宮崎市 拡大

具智元選手(右)と肩を組み、笑顔を見せる染矢勝義教諭=7月、宮崎市

 ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会で日本代表に選ばれた具智元(グジウォン)選手(25)は、大分県佐伯市の日本文理大付属高で体を鍛え、技術を磨いた。古里韓国を離れ、佐伯を「第二の故郷」と言う具選手。偉大な父を尊敬し、ひたむきに努力する姿を見てきた恩師の染矢勝義・同校教諭(51)は「自分を信じ、日韓の人々を感動させるプレーをしてほしい」と期待する。

 具選手の父は、ラグビー韓国代表を長く務め、ホンダでも活躍した東春(ドンチュン)さん。韓国はラグビーが盛んではなく、良いプレー環境を求めて中学1年から2歳上の兄・智允(ジユン)さんとニュージーランドに留学し、中学3年で兄と共に大分へ移った。

 当初は両親と大分で暮らしたが、具選手が高校1年で入寮すると両親は帰国した。JR佐伯駅での両親との別れの場面が、染矢教諭は忘れられない。「母親が号泣して…。つらかった。息子さんを立派にしないといかんと思った」

 黒縁眼鏡をかけた体重100キロの巨漢は「気は優しくて力持ち」。とにかく真面目だった。全体練習後の居残り練習が日課で、寮の裏山をダッシュで駆け上がった。夕食後には筋力トレーニング。朝は5時に起きて自主練習した。

 ポジションはスクラム最前列のプロップ。動画を撮影しては韓国の東春さんに送り、アドバイスを受けた。「親は子に尽くし、子どもは親を尊敬する。いい育て方だと思った」。兄が試合に出たいがために故障を隠していた際には、具選手がこっそり患部を氷で冷やしてあげていたという。家族の絆は強かった。

 佐伯の人々も温かかった。具選手が家族と住んでいたときには、近所の人が夕飯をお裾分けしてくれた。兄と通ったラーメン店では替え玉11玉を食べ、スープがなくなって足してもらったという逸話も残る。兄は来日前、いじめを心配していたが、杞憂(きゆう)だった。

 染矢教諭は理論的なトレーニングを課すとともに、将来をイメージできるようトップリーグの試合も観戦させた。具選手は才能を開花させ、高校時代から年代別日本代表に選出された。

 8月29日に日本代表入りが決まった後、具選手から報告があると、染矢教諭は「スポーツの本当の力を見せてやれ」と伝えた。日韓関係が冷え込む中、具選手の活躍でみんなが感動するという思いを込めた。具選手は「両方の国から応援してもらえるよう頑張ります」と答えたという。

 「成長したなと思います。誇らしいです。お父さんのような偉大な選手になり、ずっとプレーを続けてほしいです」 (稲田二郎)

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