SH流「あいつの分も」代表落選したライバル布巻の言葉

西日本スポーツ 大窪 正一

【日本―ロシア】前半、パスを出す流(撮影・中村太一) 拡大

【日本―ロシア】前半、パスを出す流(撮影・中村太一)

8月のパシフィック・ネーションズカップのトンガ戦(大阪・花園)で給水係を務める布巻(左)。右端はSH流 パシフィック・ネーションズカップのトンガ戦でウオーターボーイを務めた布巻(右端)。右から2人目はリーチ=8月3日、花園ラグビー場(撮影・中村太一) 4月20日の日本代表候補とハリケーンズB強化試合後半、攻め込む日本代表候補・布巻(右)。この後トライを決める(撮影・中村太一)

 自国開催の開幕戦で「9」を背負って初めてW杯に出場した熊本・荒尾高(現岱志高)出身のSH流大(サントリー)が輝きを放った。「最高の雰囲気、最高の応援で後押ししてもらった」。キックオフから苦しい展開になりながら、早い球さばきでテンポをつくり、逆転勝利を演出。後半19分で田中と交代するまで、粘り強くボールを供給し続けた。

 夢に見た舞台だ。高校入学直後、福岡県久留米市の実家寝室の天井に目標の紙を張った。「日本代表になる」。朝5時に起きて電車で約2時間かかる高校へ。全体の朝練習前に個人練習にも打ち込んだ。

 久留米市のりんどうヤングラガーズで競技を始めて以降、福岡県内の同学年のライバルから刺激を受けた。今大会の日本代表の最終選考で落選した布巻峻介(パナソニック)。当時、東福岡高のスター選手。「昔から(布巻)峻は断トツ。小学生時代は、かしいヤングラガーズというライバルチーム、中学、高校、大学、社会人と常に敵チームで輝いていた」

 日本代表でも布巻が16年11月のジョージア戦で初出場。流は17年4月の韓国戦で初キャップをつかんだ。トップリーグでも頂点を争うチーム同士。18年1月の日本選手権決勝では、サントリーが12-8でパナソニックに勝利した。当時、25歳の若き主将としてお互いのチームをけん引。ともにW杯日本大会に向けた日本代表候補に選ばれた。

 「同じチームは九州の高校選抜以来。W杯でも一緒に戦いたい」。厳しい強化合宿を乗り越えるモチベーションにもなった。ただ、布巻のポジションはリーチ主将(東芝)ら屈強な外国出身選手がそろうフランカー。選考で重視されるW杯前哨戦のパシフィック・ネーションズカップ(PNC)で布巻はメンバー入りを逃した。

 そんな苦しい状況でも布巻はPNCでの給水係を志願。試合の合間に水を運びながら、戦況の的確な情報を仲間に伝えるライバルの姿に、流は胸を熱くした。8月下旬、北海道・網走合宿中に日本代表の当落が伝えられた後、交わした固い握手。「とにかく頑張って。けがなくやってほしい」。布巻の言葉が染みた。

 日本代表31人に流らの学年はWTB福岡を含め5人いる。「(布巻)峻の努力をずっと見てきた。あいつの分も自分が」。流が決意を胸に躍動した晴れ舞台。日本ラグビーの歴史を変えるチャレンジが幕を開けた。

(大窪正一)

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