中日・松坂が退団へ 西武、メジャー、ソフトバンク…これまでの歩み

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中日を退団する松坂 拡大

中日を退団する松坂

 松坂大輔投手(39)が2年間在籍した中日を退団することが決まった。新天地で復活を果たした昨年の活躍から一転、今年は故障の影響もあり1勝も挙げられないままチームを去ることになった。来季も現役続行ならプロ22年目。これまでの歩みを振り返る。

【西武時代】
 横浜高のエースとして甲子園春夏連覇を果たし98年秋のドラフトで3球団競合の末に1位で入団。1年目の99年に16勝を挙げ新人王などに輝き、高卒入団の投手では史上初めてルーキーから3年連続で最多勝を獲得した。06年までの在籍8年で通算108勝を挙げた。01年に沢村賞。日本代表として00年シドニー五輪、04年アテネ五輪に出場、06年の第1回WBCではエースとして世界一に貢献し、大会MVPに選ばれた。

【レッドソックス時代】
 06年オフにポスティングシステムで移籍。総額5200万ドル(当時のレートで約61億円プラス出来高)の超大型契約が話題となった。1年目に15勝を挙げるなどチームの世界一に貢献。11年6月に右肘手術。12年までの在籍6年で通算50勝を挙げた。09年の第2回WBCでは日本代表として2連覇に貢献、2大会連続でMVPを受賞した。

【インディアンス時代】
 13年2月にマイナー契約で入団。メジャーでの登板はなく、同年途中に自由契約を申し入れた。

【メッツ時代】
 13年途中に移籍。14年は救援での起用が増えメジャー初セーブ、初ホールドも記録した。

【ソフトバンク時代】
 14年オフに日本球界復帰が決定。3年総額12億円で西武時代と同じ背番号18が用意された。1年目の15年に受けた右肩手術の影響もあり公式戦登板は16年の1試合のみ(勝ち負けなし)。17年シーズン後に自由契約となり退団した。

【中日時代】
 18年1月にテストを受け1年契約で入団。4月に2シーズンぶりの復帰登板を果たし、最終的に6勝を挙げてカムバック賞を受賞した。2年目の19年は春季キャンプで右肩を故障、復帰後は2試合で0勝1敗の成績だった。

【通算成績】
プロ野球(実働11年)218試合114勝65敗1セーブ、防御率3・04
米メジャー(実働8年)158試合56勝43敗1セーブ、防御率4・45
日米通算=376試合170勝108敗2セーブ、防御率3・53
 

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