王さん暴露、長嶋さんは「見かけによらず計算高い」

西日本スポーツ

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ソフトバンクの王会長

王貞治と共に球界を引っ張った巨人の長嶋茂雄=1972年

 福岡ソフトバンクの王貞治球団会長(79)がプロ入りから約60年の白球人生を振り返るトークショーが10月2日、東京都千代田区の「よみうり大手町ホール」で行われた。巨人での現役時代をはじめ「世界の王」の栄光を目に焼き付けてきたフリーアナウンサーの徳光和夫さん(78)を相手に1時間以上、語り尽くした。(第3回/全5回)

 (2からつづく)

 王・長嶋の「ON」アベックホームランは、プロ野球史上初の天覧試合となった1959年6月25日、大阪タイガース戦が最初だった。2-4で迎えた7回に王が第4号の同点2ラン。4-4で迎えた9回裏、長嶋がサヨナラホームラン。ここから通算106回のアベック本塁打が記録された。

 昭和天皇はお部屋から夜空を見るのが日課で、侍従に「あの方角のあそこだけなぜ明るいのか」と質問された。侍従は「ナイトゲームという、野球の夜間試合でございます」と答えると、昭和天皇が若干、関心を示したようなそぶりをしたため、侍従が読売新聞の社長・正力松太郎氏に話をして「天覧試合」が実現したという。

-あの試合はどんな心境でしたか。

 私はまだ1年目ですので、無我夢中で…。あのときは天皇陛下のことは頭になかったですね。でも、あの場面で打てたことは、後になって感じましたね。「打てて良かったな」と。

-長嶋さんが傘寿(80歳)を迎えたとき、王さんがスピーチをされました。そのときに「世間では『ON』と呼ぶけれど、自分にとっては憧れ」とおっしゃいました。

 私がプロに入る前から長嶋さんは野球界のヒーローでしたから。立教大時代にホームラン記録(当時)の8本を打っていましたし、プロに入ってからも1年目に本塁打王と打点王を取りました。野球界の選手たちにとっても特別、仰ぎ見る存在でした。自分がだんだん打てるようになって、姿が見えるようになってきた感じですね。ホームランの数とか、そういうもので量れる存在ではない。

-世間でよく言われた「記憶の長嶋、記録の王」はどう受け止めていましたか。

 とにかく記憶という意味では、長嶋さんは僕が入ったときからずぬけていた。1年目から活躍した長嶋さんに対して、僕は4年目から。そういう意味でも、メディアの扱いも違いますよね。ほかのプロ野球選手も長嶋さんがああいう形で扱われることを、みんなが受け入れざるを得ない存在でしたね。ですから、メディアにとっても野球選手にとっても、特別な存在でした。

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