ソフトバンク工藤監督を鬼にした覚悟 2000年「ON対決」以来、巨人との日本シリーズ

西日本スポーツ 倉成 孝史

 ◆パ・リーグCSファイナルステージ第4戦 西武3―9ソフトバンク(13日・メットライフドーム)

 獅子を圧倒! 19年ぶりGと頂上決戦! ホークスがパのクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージ(S)では初めて、レギュラーシーズン下位球団として初戦からの4連勝。3年連続の日本シリーズ進出を決めた。ファーストSからの6連勝、2年連続の「下克上」CS突破は史上初めて。19日からの日本シリーズで巨人と2000年の「ON対決」以来の対戦に臨む。福岡移転後、同シリーズで唯一の敗退を喫した相手も怖くない。球団史上初の3年連続日本一へ突き進む。

■5回に迷わず継投策

 油断も隙も一切なかった。レギュラーシーズンで屈辱を味わった工藤監督が、気迫でリーグ王者の獅子を一気にねじ伏せた。リベンジを誓って乗り込んだ敵地メットライフドームで初戦から4連勝。V逸の悔しさを晴らすにはこれ以上ない結果でCS突破を決め、お立ち台でまず選手らの奮闘をたたえた。

 「選手たちが一試合一試合、一球一球に集中して、何とか勝つんだという強い思いを持ってやってくれた。何よりも、選手たちにご苦労さまという言葉を贈りたい」

 第4戦も執念のタクトを振った。5回。4回まで1失点のバンデンハークが先頭のメヒアに一発を浴び1点差とされると、1死後に継投を決断。2番手の嘉弥真が2死一、二塁とされると、4番中村に迷わず高橋純を投入し、ピンチを逃れた。6回に石川を挟み、4点リードの7回に甲斐野、8回にモイネロの「勝利の方程式」を投入して無失点。最終回は6点差でも守護神の森をマウンドに送り、強力打線につけいる隙すら見せなかった。

 勝たなければならない特別な日だった。13日は1999年のダイエー(当時)初V時のチームメートで、2000年に他界した藤井将雄さん(享年31)の命日。中継ぎの柱だった藤井さんとは、14年オフの監督就任会見翌日を含め、節目で佐賀県唐津市の墓前を訪れ“会話”を続けている。「ホークスを『強くしたい、強くしたい』と思い続けた熱い投手だった」。兄のように慕ってくれた天国の弟分に「見てくれ」と言わんばかりに自慢の救援陣をつぎ込んでの白星に「藤井が天から応援して見守ってくれたと思う。あいつのためにも今日勝てたのは大きかった」と感慨に浸った。

 今CSは鬼となった。ファーストS第1戦で楽天に敗戦。あと1敗で西武への挑戦権も得られずに終戦するところまで追い込まれると、覚悟を決めた。「苦しい決断だったが、後悔だけはしないように」。第2戦から2試合連続で松田宣をスタメンから外した。故障者が続出した今季、レギュラーシーズンで唯一全試合出場したベテランに、自ら先発落ちを通達。「劇薬」は効き、連勝でファーストSを突破した。

■「球史に残る試合を」

 西武との初戦でも1点を追う8回の好機でファーストS突破に貢献した内川の代打に長谷川勇を送り、同点、逆転につなげた。「勝つために何が最善か、だけを考えた」。勝利のためだけに、心を鬼にし、情を排したなりふり構わない用兵は、ことごとくはまった。ファーストS第2戦から史上初の6連勝でCSを突破。そして巨人とぶつかる。「特別ということではないが、現役時にお世話になったチーム。注目してもらえると思うので、熱い試合、野球史に残る試合をしたい」。3年連続で日本一の頂に立つ。 (倉成孝史)

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「ON対決」以来 19年ぶり

 ソフトバンクは日本シリーズで巨人と相まみえる。ダイエー時代の2000年の「ON対決」以来19年ぶりの顔合わせ。ホークスは1989年の福岡移転後、昨年まで8度、日本シリーズに進出。セの6球団全てと対戦し、7度の日本一に輝いているが、唯一の敗北が2000年。そして唯一勝てていない相手が巨人だ。同年は初戦から敵地で2連勝しながら、4連敗を喫した。ホークスは南海時代に巨人と9度対戦したが、日本一になったのは4勝0敗で制した1959年の1度。福岡移転後の初代監督だった杉浦忠が先発3度(完投2、うち完封1)、救援1度の「4試合連投4連勝」の離れ業を見せた。

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