中田監督の涙に思う「覚悟」私はヤジと酔客を探した

西日本スポーツ

 東京五輪で日本選手団の先陣を切って登場するソフトボール女子日本代表の宇津木麗華監督は、北京五輪以来となる金メダル獲得の期待を担う中で令和を迎えた。

 生まれ故郷の中国から昭和に来日。選手や指導者として平成を駆けた。一度は五輪から除外された期間の苦しさを知るからこそ、選手には日本代表として五輪で戦う意味や価値を問い続ける。東京五輪を「競技人生の集大成」と言い切る宇津木監督が思いを語った。

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 五輪のソフトボールは、北京大会までの8チームが東京大会は6チームに減って争われる。開催国の日本、昨年の世界選手権覇者の米国、イタリア、メキシコ、カナダに続いて9月末のアジア・オセアニア予選でオーストラリアが出場権を獲得。中国・上海での同予選を視察した際、あるネットニュースに目が留まった。バレーボール女子日本代表の中田久美監督が日本開催のワールドカップ(W杯)で涙を見せたという。

 日本のお家芸と呼ばれた女子バレーは、私たちと同様にメダル獲得を目標に掲げる一方、W杯では序盤から中盤にかけて苦戦を強いられたようだ。ファンのバッシングもあったと聞く。涙の真意は分からない。悔しいのか、苦しいのか…。きっと自分自身を追い込み、一人で背負ってしまったのだと推察する。私がグラウンドでそうであるように、中田監督もコートには一歩も入れない。助けたくても手を差し伸べられないもどかしさは理解できる。

 日立高崎(後の日立&ルネサス高崎、現ビックカメラ高崎)でプレーした私は、中田監督が現役時に日立の選手だったこともあり、試合の応援にも行かせていただいた。10代の若さから常に「日の丸」がそばにある生活を送り、勝利を宿命付けられてきた。いちずに競技と向き合い、全身全霊をささげるのは当然。相手が格上であったとしても、試合で屈するのは勝負師の誇りが許さないのだろう。

 代表チームを率いることが決まったとき、私は女子プロゴルファーの岡本綾子さんに言葉を授かった。「どんな世界でも10人が10人味方だと思ったら大間違い。味方が1人だけで、あとの9人が足を引っ張ることだってある。逆境に立たされることへの覚悟を持つこと」。互いに支え合う関係は素晴らしい。けれども、そこに意識が向きすぎたら、自分自身を保てなくなる。そう理解した私に、岡本さんは「覚悟さえ持てれば、どんな状況でも100パーセントやれる自信が持てるから」とおっしゃった。

 千葉であった昨夏の世界選手権。私は試合中、ZOZOマリンスタジアムの観客席の声にじっと耳を傾けた。お酒を飲んで酔っぱらっている人がいないかも目で確かめた。うそではなく、五輪への予行演習だった。日本で開催される五輪。海外と違い、選手の耳に聞き慣れた日本語が飛び込んでくる。例えば心ないファンのやじ。その日は聞かれなかったものの、そんなことが起こりうることを知っていれば、実際にやじを浴びたとしても「どうして私たちを応援してくれないの?」と不要な感情を抱かず、プレーに集中できると考えた。


 これだけSNSが発達した世の中、不特定多数の人たちが采配、プレーについて意見を発信していく。称賛や賛辞があるように、批判や非難も存在するのは事実。受け止めることは大切だけれど、受け流すすべも覚えなければいけない。対戦する5チームの分析や研究とは別の、もう一つの準備でもある。

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 宇津木 麗華(うつぎ・れいか)1963年6月1日生まれ。中国・北京市出身。元中国代表。88年来日、95年日本国籍取得。現役時代は内野手で日本代表の主砲、主将として活躍し、シドニー五輪銀メダル、アテネ五輪銅メダル。2003年に日立&ルネサス高崎(現ビックカメラ高崎)の選手兼任監督就任。04年に現役引退後は11年から15年まで代表監督を務め、12、14年の世界選手権優勝。16年11月、再び代表監督就任。群馬女子短大を聴講生として卒業。右投げ左打ち。

 (ソフトボール女子日本代表監督)

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