阪神移籍の中田を突き動かしてきた伝説の同級生たち

西日本スポーツ

 ソフトバンク中田賢一投手(37)の阪神への無償トレードが成立し、26日に両球団から発表された。

 中日にドラフト2巡目で2005年入団。3年目の07年に自己最多14勝を挙げ日本一に貢献するなど、主に先発として活躍し、国内フリーエージェント(FA)権を行使して14年にソフトバンクへ移籍した。移籍元への補償いらずの年俸Cランクと「お買い得」だったこともあり、争奪戦の人気銘柄だった。

 日本一に輝いた11年のオフに主力がこぞって移籍し、過渡期にあったソフトバンク。中田が移籍したのは、13年4位で5年ぶりのBクラスに沈んだ直後だった。

 誰からも慕われるナイスガイにも、新チームへ飛び込む一抹の不安はあった。輪への同化を促したのが、同学年だった摂津正氏。入団当時の中継ぎから先発に転向した後も12年に沢村賞に輝くなど大車輪で、不動のエースの地位を確立していた。

 「最初のキャンプの初日に、キャッチボールしようって声を掛けてきてくれたのが摂津だった」と言う。それ以来の仲。その摂津氏は昨季限りで現役から退いたが、間柄は変わらない。

 「同じピッチャーとして、今年もずっと気にかけてくれて。何度も家族同士での食事にも誘ってくれて、話を聞いてくれた」。トレードが決まって連絡すると「本当に応援してる」と返ってきたという。

 自身の加入より3年前にFA移籍してきた内川も、同学年だった。投打で違えど、地元九州、同じセ・リーグ出身と似た境遇があった。「今年は(自身1軍で)1試合しか投げられなかったけど、その試合でも横っ跳びでファインプレーをしてくれた」と思い返す。

 「賢一を勝たせたい」とよく言葉にしてくれた。「僕が投げている試合は、特に集中して試合に挑んでくれていた気が、僕はしているので」。語弊を恐れず笑いながら言って「感謝しかありません」と続けた。

 「摂津もウッチー(内川)も、同級生ということあって、ソフトバンクに来てから世話になりっぱなしで。チームメートになれて本当に幸せでした」。戦友でありながら、仰ぎ見る視線もあった。「2人とも僕の中ではレジェンド。人としても尊敬しながら一緒にプレーしてた感じですね」。負けじの心が、ソフトバンク6年間の原動力の一つだったことは間違いない。

 一線から退いた者も、戦い続ける者も、新天地に移る自分もいる。摂津や内川に限らず、年上、年下、多くの個性に囲まれて過ごした。「離れるのは寂しいですが、また元気な姿を見せたいって心底、思いますね」。誇らしい時間。恥じない姿を、タテジマのユニホームを着て表現するつもりだ。

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