39歳で急逝 鉄腕の思いつないだ後輩の459球/記者コラム

西日本スポーツ

 明豊が12年ぶりの頂点に立って幕を閉じたこの秋の高校野球九州大会。明豊に敗れたとはいえ大分商は1996年以来23年ぶりの決勝進出を果たし、来春の選抜大会出場をほぼ確実にした。決勝で精いっぱい戦っている大分商ナインを見ていると、後輩の躍進を喜んでいるであろう人が心に浮かんだ。

 大分商が前回選抜大会に出場した97年、2番手投手だったのは右腕の安達公則だ。好リリーフを見せ初戦突破を果たした安達はその年の夏、2年生エースとして甲子園に戻ってきた。

 安達はとにかくよく投げた。夏の大分大会では延長18回を投げ抜き翌日の再試合も完投。「毎日300球を投げ込んでいるから平気」と話し、弱音も吐かず黙々と投げていた。当時はまだ「投手の球数制限」という言葉もない時代だったが、それにしても「いくらなんでも投げすぎだろう」と取材しながら心配になった。

 甲子園では初戦で完封勝利。「大分の鉄腕」と呼ばれた右腕はその後、九州国際大に進み九州六大学リーグで数々のタイトルを獲得した。卒業後は社会人野球の東京ガスに進んだ。

 この夏、久しぶりに「安達公則」の名前をネットで見た。「39歳で急逝」というショッキングなニュースだった。関係者に聞けば夏までは元気だったが急な病で倒れ、周囲にとっても思わぬ訃報だったという。

 大分商のエース川瀬堅斗は九州大会の準決勝までの3試合で完投し、投球数は459球にのぼった。渡辺正雄監督は「『鉄腕安達』が乗り移ったような投げっぷりだった」と先輩右腕の姿を重ねた。安達さんが亡くなった直後の九州大会準決勝。天国の先輩の思いがエースをここまで導いたのかもしれない。

 来春の甲子園で、川瀬はどんな投球を見せてくれるだろうか。苦しいときは空を見上げてほしい。甲子園の空できっと、安達さんが後輩の投球を見守っていることだろう。(前田泰子)

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