芸能界入りを報告、父・幸二氏の反応は…/秋山真凜1

西日本スポーツ

 福岡ソフトバンク前監督の秋山幸二氏(57)=西日本スポーツ評論家=の一人娘でタレントの秋山真凜がスポーツキャスターへの道を歩み始めた。父の幸二氏が福岡ダイエーの選手時代に通算2000安打を達成した2000年、父と同じ「FDH」のユニホーム姿でお祝いの花束を渡した3歳の少女はすっかり大人の女性になった。

 フリーアナウンサーの生島ヒロシ(68)が会長を務める芸能事務所「生島企画室」に今年7月から所属。10月には米男子ゴルフツアー史上最多タイとなる通算82勝目をマークした43歳のタイガー・ウッズ(米国)の偉業をインタビュアーとして目の当たりにした。ジュニア時代はプロゴルファーを目指しており、スポーツ愛は深まる一方。語学堪能で才色兼備の23歳に夢を語ってもらった。(聞き手・構成=西口憲一)【第1回/全3回】

-上智大時代はテレビの番組収録や映画に出演する外国人タレントやアーティストの同時通訳も務めた

 その過程でやっぱり私は語学が好きなんだな、と実感しました。一方で、通訳となると自分がこれまで学んで身に付けた専門知識を十分に生かしきれない、自分から発信するものではない、と感じていました。スポーツを通してだったり、いろんな国の方々と接してきたりしてきたというのもあるので、それを生かせる道を考えた時、自分の力で取材して、紹介させていただくお仕事に就きたいなと思うようになりました。

-大学は国際教養学部だった

 講義は英語で国際経済や経営学を学びました。私の感覚では英語が第1言語で、日本語が第2言語みたいな…。韓国語は独学でマスターしました。ですから、まずは日本語の勉強からです!

-お父さんに芸能界入りの希望を伝えた時期は

 実は通訳をしていたことも父にははっきり言っていませんでした。これって事後報告ですよね。初めて相談したのは昨年12月末でした。当時大学4年生で、まさにもう就職先を決めなきゃ、という時。「通訳のお仕事で視野が広がり、見る目も変わったので、こういう道に進みたいと思っている」と伝えました。

-覚悟を決めて伝えた

 初めて親子2人で旅行に行ったんですよ。場所は(米国の)ロサンゼルスです。今じゃないと言うタイミングがないな、と。卒業する前に、どうしても父と2人で行きたかった。だから、わがままを言いました。父は「俺は行きたくないけど、行ってもいいよ」って。もう、どっちなの!って。はい、いつものあの感じです(笑)。

-驚いた様子が目に浮かぶ

 父の第一声は「ほおー」でした。お互いに(頭を)整理する時間が必要じゃないかなと思って、私はすぐに結論を求めませんでした。生島さんの事務所を紹介していただいた今年の6月ごろに、改めて父に伝えました。その時の反応は「そっかあ」でしたね。半年の時間があったので…。父は、仕事は自分(の力)でやりなさい、というスタンス。はっきり口にはしないけれど、私なりに父の気持ちは分かっているつもりです。9月の大学の卒業式には福岡からわざわざ来てくれました。

(2につづく)

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