芸能界入りでタイガー・ウッズと奇跡の再会/秋山真凜2

西日本スポーツ

 福岡ソフトバンク前監督の秋山幸二氏(57)=西日本スポーツ評論家=の一人娘でタレントの秋山真凜がスポーツキャスターへの道を歩み始めた。父の幸二氏が福岡ダイエーの選手時代に通算2000安打を達成した2000年、父と同じ「FDH」のユニホーム姿でお祝いの花束を渡した3歳の少女はすっかり大人の女性になった。

 フリーアナウンサーの生島ヒロシ(68)が会長を務める芸能事務所「生島企画室」に今年7月から所属。10月には米男子ゴルフツアー史上最多タイとなる通算82勝目をマークした43歳のタイガー・ウッズ(米国)の偉業をインタビュアーとして目の当たりにした。ジュニア時代はプロゴルファーを目指しており、スポーツ愛は深まる一方。語学堪能で才色兼備の23歳に夢を語ってもらった。(聞き手・構成=西口憲一)【第2回/全3回】

-新たな一歩を踏み出して4カ月がたった

 本当に幸せです。先日はあのウッズ選手にインタビューをさせていただく機会にも恵まれました。

-米男子ツアーとして初の日本開催となったZOZOチャンピオンシップ(千葉・習志野CC)を制し、サム・スニード(米国)に並ぶ歴代最多の82勝目を挙げる歴史的な大会になった。しかも初日から首位を譲らない完全優勝だった。

 テレビのお仕事でウッズ選手にだけ付くやり方でした。18ホール全部回って、ラウンド後にインタビューという流れです。無観客試合になった日もコメントを頂きました。豪雨被害が続く中、ファンを気遣い、大会関係者に感謝する真摯(しんし)な姿が印象に残っています。

-一挙手一投足を見逃さず、まさに密着した

 生きている伝説の方なのに謙虚。受け答え一つでも分かりやすく教えてくださる。「僕は1球1球打つのに、何かしらの目的であり意味を持って打っているんだ。高い弾道でドローを打とうとか、次は低いフェードを打とうと意識している。でも、どれだけ力を込めて打っても(ボールの)芯を外さないことだけを絶対に守ろうとしているんだ」と。そういうシンプルなことを、あのウッズ選手でもされているんだと。学生さんやアマチュアの方々、たぶんプロゴルファーであっても、おろそかになったりしますよね。重要なことと頭では分かっていても、つい忘れがちになったりする。そこを守っているんだなと思い、感動しました。

 周りを和ませる力にも驚かされました。すごく雰囲気をつくるんですよ。試合を5日間、すべて近くで見ていると、会場にいるギャラリーの方はもちろん、ボランティアの方も含めて全て自分の味方にしてしまう、みたいなところがあって。自分を応援させちゃうというか、そういう流れになっていくんですよ。それも意図したものではなく、自然な感じで。表情も柔らかくて…。きっといろんな曲折を経てきたからこそ、私も含めていろんな方がウッズ選手をさらに身近に感じるようになったのかな、と実感しました。

-大会前に都内で行われたタイガー・ウッズ選手のトークイベントでは司会者として同じ時間を過ごした

 びっくりしました。そのイベント、自分で応募して(ファンとして)見に行こうと思っていたぐらいでしたから。ウッズ選手はそれまで日本でトークショーやイベントをされたことがほとんどなかったそうです。それが、たまたまプレゼン案件で司会のオファーをいただいていて…。こんなことが本当にあるんだ、って感激しました。渋谷と明大、一日に二つのイベント会場でご一緒させていただきました。渋谷は児童館みたいな場所で子どもさんや親御さん、明大はゴルフ部の方や学生の前で一緒に交流しながら楽しみました。

-ウッズ選手とは久々の“再会”だった

 7歳か8歳の頃でしょうか。宮崎であったツアーの前夜祭で父と母、ウッズ選手と一緒に記念写真を撮っていただきました。私自身、既にプロゴルファーを目指していたので、今でも鮮明に覚えています。

-不思議な縁を感じる

 忘れられないです。一生の思い出です。父には生まれて初めて自慢しました(笑)。今まで自慢できることが何もなかったので…。ゴルフのスコアでも父に勝つ? はい! そこはプライドがあるので(笑)。

-ゴルフ好きのお父さんからうらやましがられた

 ZOZOの週は、火曜日から(千葉の)会場に入ってプロアマから練習もずっと見させていただきました。練習終わりにご挨拶すると、ウッズ選手は覚えていてくださるんですよ。「おっ、来たのかい」と、優しく言ってくださるんです。それを父に言っても私には何も言わないんです。でも、周りの人にはすごく自慢していたみたいで(笑)。「あのさあ、うちの娘、タイガーと仕事してんだよ」みたいに。そういうのを聞くと、ちょっとだけ親孝行できたかなって、うれしくなりました。

(3につづく)

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