上野271球Vの裏で…もう一人のエース藤田倭の逆襲

西日本スポーツ

 東京五輪で金メダル獲得を目指すソフトボール女子日本代表が18日から国内での強化合宿を再開した。15人の代表選手が決まる来年3月下旬まで、国内外で実施。五輪会場となる横浜スタジアムで報道陣に練習を公開した19日は、ベンチで上野由岐子(37)=ビックカメラ高崎=と藤田倭(28)=太陽誘電=が談笑していた。今年に限れば、ありそうでなかなか見られなかった光景だった。4月末に下顎骨(かがくこつ)を骨折した上野が8月末のジャパンカップで戦列復帰したと思いきや、今度は入れ替わるように藤田が左ふくらはぎの肉離れで戦線を離脱。8カ月後に迫った本番に向け、ようやく二枚看板がそろった。

 上野と藤田の関係を「ソフトボール界の太陽と月」と言い表す宇津木麗華監督(56)は今回の合宿前に、藤田から「(日本リーグ女子の)決勝トーナメントに出たかったです。ほんと…」と明かされた。16日と17日、横浜スタジアムを舞台にリーグ戦の上位4チームで争われた同トーナメント。藤田が所属する太陽誘電は12チーム中6位に終わり、出場できなかった。投手と野手の両方をこなす「二刀流」の藤田は今季リーグ戦で投手として5勝5敗、野手では打率1割9分の2本塁打と不本意な成績に終わった。同トーナメントを制したのはビックカメラ高崎。2試合連続で完投した上野が計271球の熱投で日本一に導いた。

 藤田の悔いは日本代表の「顔」の一人としての自覚と責任感が生んだものだ。「上野さんがいつまでも日本の中心にいること。それはそれで魅力ですけれど、もっともっと若い選手が出てこないと本当の意味で盛り上がらない。そういう意味で自分自身結果にこだわらないといけないという思いと、焦りがあったんです」。寄る年波にあらがい、頂点に君臨する上野を尊敬する一方で、仰ぎ見るだけでは駄目だと強く意識してきた。日本一を決める大一番で上野と投げ合い、堂々と投げ勝つ―。上野を欠いた今年6月の日米対抗では米国を完封し、2万人を超えるファンが詰め掛けた東京ドームのお立ち台で「エースの意地を見せました!」と叫んだ。その輝きが日米対抗にとどまったことが藤田自身、歯がゆくて仕方がなかったのだろう。本来であれば勢いのままに夏以降も日本代表を引っ張り続け、日本リーグの決勝トーナメントという同じ土俵でエースの力を証明したかったに違いない。

 脚の故障もあって、順風満帆から一度は暗転した2019年。藤田を励ましたのは、母校の佐賀女子高を率いる津上さおり監督(47)だった。藤田の在校時はコーチで、何でも打ち明けられる姉貴的な存在でもある。同校は全国優勝の経験もある強豪ながら、今年は5年ぶりに全国高校総体の出場を逃した。その直後、藤田から連絡があったという。「倭からは『先生の勝ちたい気持ちが足りないんじゃないですか? 気持ち次第でどうにでもなりますよ』と言われました。あの子、本当にずけずけと言ってくるけれど、当を得ているんです」。教え子の気持ちに負けないように、と津上監督は今年8月末、富士山に登った。日本一への願掛けだった。下山し、佐賀に戻る羽田空港。そこで会ったのが、負傷直後の藤田。「あの子は『頑張れ』という言葉がNGワードなんですよ。言われなくても黙ってやるのが倭ですから。私からは何も言っていません」。口にしなくても、示した行動で十分だった。

 「津上先生と会ったのはちょうどJISS(国立スポーツ科学センター)で患部の診断を受ける前だったと思います。でも、先生って富士山に登っただけでなく『富士山Tシャツ』まで着ていたんですよ」。励ますつもりが、逆に励まされたのだろう。19日の横浜での練習公開日、うれしそうに明かした藤田の顔に笑みが広がった。「(負傷してからの約3カ月で)スキルアップと気持ちの変化がありました。21歳のとき、宇津木監督から代表に選んでいただいた。将来性だったり、長い目で見てくださったりして代表になれた。上野さんという存在を間近で見ることができた。そして今『藤田倭』という形が見えてきました」。けれん味のない口調、真っすぐな視線で言い切った。

 藤田は以前から、気持ちの変化がプレーに現れやすい、と宇津木監督から指摘されてきた。「喜怒哀楽を出すのは倭の持ち味。全てを否定はしないけれど、例えば投球で顔に出しすぎると、相手に考えを読まれたり、冷静さを欠いたりする。疲れやすくもなる。それに判定の不満は審判の印象も良くないから」。宇津木監督の助言に耳を傾け、自分へのテーマにしてきた。もちろん、バットを握ってもキーマン。練習では力強い打球を飛ばし、宇津木監督を「倭の打撃は見ていて楽しい」と喜ばせた。ライバル米国が誇る左腕の二本柱、剛腕で安定感のあるアボットと多彩な変化球を操るオスターマンを右打者が攻略しない限り、金メダルへの展望は開けない。心技体を整えた藤田の世界一への“登頂”がリスタートした。(西口憲一)

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