FA福田4年8億高額オファーに揺れた ロッテ移籍の舞台裏

西日本スポーツ 石田 泰隆

 福岡ソフトバンクから国内フリーエージェント(FA)権を行使した福田秀平外野手(30)が26日、ロッテへの移籍を表明した。獲得にあたって補償が必要ないCランク(球団内の日本人選手で年俸11位以下)とみられる福田を巡っては、宣言残留を認めていたソフトバンクをはじめ、西武、楽天、ヤクルト、中日と計6球団が争奪戦を繰り広げた。4年4億8000万円プラス出来高(推定)を提示されたロッテへの移籍の決め手となったのは、ホークス時代から「恩人」として慕うロッテの鳥越裕介ヘッド兼内野守備コーチ(48)の存在だった。

■総額8億蹴って

 FA宣言して32日。福田がついに決断した。この日午後。13年在籍した球団に感謝の思いと、退団の意思を伝えにヤフオクドームを訪れると、はっきりとした口調で来季からの新天地となるチームを明かした。

 「来シーズンから千葉ロッテマリーンズでお世話になることを決めました」

 今FA市場の目玉となった福田を巡っては、計6球団が争奪戦を繰り広げた。「とにかく試合に出たい」という思いを胸に、宣言当初は移籍先の第一候補としてヤクルトを挙げていた。

 しかし、各球団との交渉を進めていく中で、4年総額8億円近くとみられる高額オファーを提示した楽天の“攻勢”を受け、迷いも生じた。「本当にビックリするほどのオファーを各球団に頂いて。自分はどこに行けばいいのか分からなくなる時もあった」。激しい争奪戦に、食事が喉を通らない日もあった。

 そんな迷いを最終的に吹き飛ばしてくれたのが、福田が「恩人」として慕うロッテの鳥越ヘッドコーチだった。FA交渉解禁直後から何度も“ラブコール”の電話を受け、時には電話口向こうの井口監督から「一緒に野球をしよう」と口説かれることもあった。

 「自分の野球人生を振り返った時に、鳥越さんという存在はとても大きい。いまも野球が続けられているのは、鳥越さんのおかげ」

■同じ境遇での涙

 そう言い切るほど、心から信頼を寄せる理由がある。プロ入り2年目の2008年。福田は6月に父徹さんを亡くし、野球に身が入らない時期を過ごした。そんな姿を見かね、ハッパを掛けてくれたのが当時、ホークスの2軍内野守備走塁コーチを務めていた鳥越コーチだった。

 「『つらいのは分かるが、こういう時は前を向いてやるしかないんだ』と。『おまえは天国の父ちゃんに活躍している姿を見せるしかないだろ』と。そう言ってくれたのが鳥越さんだった」

 当時、2軍が使用していた雁の巣球場の三塁側選手ロッカーで、2人で大泣きした日を福田は鮮明に覚えている。実は同年7月。鳥越コーチも妻を亡くし、同じ境遇にあった。にもかかわらず、自分を励まし、野球に向き合わせてくれた。「一番つらかった時に励ましていただいた恩人でもある。その方から声をかけていただいたので」。出場機会を求め、高額提示に揺れた約1カ月。最後の最後に移籍を決断させたのは、血の通った「人」としての在り方だったようだ。 (石田泰隆)

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