レオタードで流血、母が見た負けん気【レスリング・入江ゆきの素顔】

西日本スポーツ 末継 智章

 2020年東京五輪代表選考を兼ねたレスリングの全日本選手権(19日開幕、東京・駒沢体育館)で最も注目が集まっているのが女子50キロ級。入江ゆき(自衛隊)は、17、18年世界選手権2連覇(17年は48キロ級)の須崎優衣(早大)やリオデジャネイロ五輪女子48キロ級金メダルの登坂絵莉(東新住建)と同級の五輪代表の行方を大きく左右する決戦に臨む。9月の世界選手権では東京五輪代表を逃したが、これまでも苦難を乗り越えながら強くなった。優勝者に五輪アジア予選(来年3月、中国)の出場権が与えられる今大会。母の里代(55)は再び娘がはい上がると信じている。(末継智章)(文中敬称略)

■バレエなど掛け持ち

 今でこそ世界屈指のハイタックルを武器とするゆきだが、幼少期に強さの面影はなく里代は悩まされ続けた。

 「1992年に生まれたとき、私は北九州市の病院で看護師をしていた。生後半年で職場復帰をしたので母乳からミルクに切り替えようとしたけど、神経質でなかなか飲まない。哺乳瓶を替えるだけで駄目で、離乳食になってからもなかなか食べなかった」

 幼少期はバレエを習わせつつ、近所にいたレスリング指導者の下で遊び感覚で相撲ごっこをしていた。5歳のとき、同市でレスリングの全国少年少女選手権が開催されることになり、出場することになった。

 「私もレスリングについて何も分からないので、バレエのレオタード姿で出させた。練習していないから勝負できるレベルじゃない。でも、ゆきはやる気満々。頭から相手に向かっていって鼻血を出した。負けん気を感じた」

 小学2年になると、近所に発足した北九州レスリングクラブに通うようになった。当初はバレエやピアノなどと掛け持ちしたが、その年の秋に事件が起きた。地元のお祭りに行った日にゆきが突然、激しい腹痛を訴え、救急病院に連れて行くと紫斑病と診断されて1カ月近く安静を強いられた。

 「絶食や点滴治療で済んだけど、緊急手術になる可能性があった。後遺症で腎不全になる可能性もあった。健康が大切だと痛感し、一番熱心だったレスリングに専念させた」

 体調は崩しがちだったが、次女ななみや三女くみの面倒をよく見た。

 「小学3年のとき。夜勤明けの私は保育園に通うくみの迎えに行くのがきつく、ゆきに『迎えに行ってくれたらうれしい』と言って寝てしまった。その間にゆきは2歳上の兄の自転車に乗り、立ちこぎで後ろにくみを乗せて帰ってきた。保育園から家まで2キロあり、アップダウンもある。頼まれたらやる子」

■須崎倒してリベンジ

 真面目な性格と負けん気の強さのおかげでレスリングの練習に打ち込み、小学6年と中学3年のときに全国制覇。膝の痛みが出て約1年間、スパーリングもできなくなる時期があったが、リハビリと合わせて上半身を強化した。内股による外反母趾(ぼし)が原因と分かり、靴にインソールを入れて痛みが引くと、学校の教室でも内股を矯正するトレーニングを行った。

 「高校ではずっと髪が短く、入学当初は『男の子が女子の制服を着て登校している』と言われていた。女の子を捨てるぐらいでないと勝てる道じゃないと思っていたと思う。高校入学当初はレスリング部がなかったし、大学も自分たちで道を切り開いた」

 埼玉を拠点とする自衛隊に入隊後も国内トップレベルの実力を保ちながら、2016年リオデジャネイロ五輪は登坂との代表争いに敗れた。昨年7月には世界選手権を懸けたプレーオフで須崎に逆転負け。失意で帰郷したゆきに里代は腰骨を折って治療中だった身にむちを打ち、鶏の胸肉を使った手料理を出すなどして心を癒やした。周囲の支援もあってゆきは再起。昨年の全日本選手権直前、娘に里代は逆に厳しい言葉をかけた。

 「『何しに東京(埼玉)に行ったのか』って言われないでね、と。負けたら五輪が駄目になると思い、厳しい言い方をした方がむっとして力を出すと思った。高校時代から強い相手に負けながら、その相手を乗り越えて強くなっている。今年のプレーオフで須崎さんに勝って、あらためて思った」

 里代はカザフスタンで開かれた今秋の世界選手権を現地で観戦。五輪代表を逃し、女子50キロ級の日本の出場枠も同選手権では勝ち取れなかった娘に「私も諦めないからね」と言葉をかけた。

 「試合の日はゆきの27歳の誕生日。神様が生まれ変わりなさいと仕向けたのだろうと捉えている。最後は試練を乗り越えると信じています」

 里代は14年に独立し、訪問介護の会社を営む。命を大切にする仕事を続けてきたからこそ、娘たちの成長を見て伝えたい思いがある。

 「レスリングを通じて娘たちは心身とも鍛えられた。今は簡単に人をあやめる時代だけど、レスリングをすれば他人の痛みが分かる。子どもたちを見てそう思うし、もっと普及してほしい」

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