上野由岐子が読んでいた樹木希林著「120の遺言」

西日本スポーツ

 東京五輪で日本選手団の先陣を切って登場するソフトボール女子日本代表の宇津木麗華監督は、北京五輪以来となる金メダル獲得の期待を担う中で令和を迎えた。

 生まれ故郷の中国から昭和に来日。選手や指導者として平成を駆けた。一度は五輪から除外された期間の苦しさを知るからこそ、選手には日本代表として五輪で戦う意味や価値を問い続ける。東京五輪を「競技人生の集大成」と言い切る宇津木監督が思いを語った。

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 読書家でもある上野由岐子から「ぜひ読んでください」と1冊の本を渡された。まだ桜の開花前だったと思う。それが樹木希林さんの「120の遺言」だった。地方から東京に戻る新幹線の車中でページをめくると、一度もお会いしたことがない著者の人柄がじんわりと伝わってきた。医師に宣告された「死」をじっと待つのではなく、いかにして残りの人生を「生きるか」「充実させるか」に思い巡らす。心の持ち方一つで不幸も幸せに変えられる。いい意味でのこだわりのなさ、自由な発想を知り、得心したのを思い出す。

 どんな世界でも不振に陥った選手に対し、よく「何も考えずにやれ!」と言葉を掛ける監督やコーチがいる。指導法に正解はなくても、私はこう考える。好調時は誰も苦労しない。思い通りにいかないときこそ、熟慮し、もがき、悩み、できうる限りの工夫を施した方がいい。一日24時間しかない、と考えると窮屈で息苦しいけれど、24時間もあると捉えれば前向きになれる。人生観に通じる。4月末に下顎を骨折し、8月末に復帰するまで4カ月間離脱した上野は投げられない日々を無駄にしなかった。彼女はソフトボールの一部に生活がある。生活の一部がソフトボールではない。

 上野が現役にこだわっているのは、結果が欲しいからではない。普通の選手がこだわるタイトルや勝ち星などからは、既に身は解き放たれている。「求道者」と言ってもいいかもしれない。自分の心や体と対話しながら、己を高めることに専心している。一日2試合、計271球の熱投でビックカメラ高崎を優勝に導いた11月の日本リーグ女子決勝トーナメント。舞台は東京五輪の会場となる横浜スタジアムだった。おそらく決勝の「2020年7月28日」もイメージして投げたはずだ。来夏で38歳を迎える体が感じ取った〝サイン〟を本番に生かすことしか考えていないだろう。

 人間力の高い選手は黙っていても勝つ。一方で相手を見下したり、さげすんだりすれば、最終的に自分にはね返ってくる。「15個の能力を持っているなら、そのうちの何個かを経験の浅い選手に貸してあげなさい」。上野には昔からそう言ってきた。チームスポーツで勝つための原点。仲間を思いやる心は、相手の心を知ることにもつながる。

 11月の半ばすぎから代表の国内強化合宿を再開した。横浜からスタートし、島根の出雲、高知の春野、沖縄の読谷…と全国を巡りながら年末まで選手、コーチ、スタッフと汗を流す。集中して合宿に打ち込めているのも、練習施設や宿舎、食事面などを含めて地元の方々に心温まるサポートを受けているからだ。感謝の思いを忘れてはいけないと、私は選手たちに伝えた。女子ゴルフの選手がツアーの会場でコース関係者に暴言を口にした問題は「対岸の火事」ではない。技量と心を両輪としてチームワークを育みつつ、残された時間をより充実したものにしたい。 (ソフトボール女子日本代表監督)

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 宇津木 麗華(うつぎ・れいか)1963年6月1日生まれ。中国・北京市出身。元中国代表。88年来日、95年日本国籍取得。現役時代は内野手で日本代表の主砲、主将として活躍し、シドニー五輪銀メダル、アテネ五輪銅メダル。2003年に日立&ルネサス高崎(現ビックカメラ高崎)の選手兼任監督就任。04年に現役引退後は11年から15年まで代表監督を務め、12、14年の世界選手権優勝。16年11月、再び代表監督就任。群馬女子短大を聴講生として卒業。右投げ左打ち。

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