JOC山下会長が語ったモスクワ五輪「私が一番恵まれていた」

西日本スポーツ

 東京五輪は7月24日に開幕し、日本が史上最多金メダル30個を目指す戦いがスタートする。金メダル量産種目として期待が集まる柔道は1964年の東京五輪で初採用。男子のみ4階級だった日本のお家芸が56年ぶりに日本武道館に帰還。男女計14階級と新種目の混合団体が実施される。84年ロサンゼルス五輪の男子無差別級金メダリストで日本オリンピック委員会(JOC)会長として五輪の先頭に立つ全日本柔道連盟(全柔連)の山下泰裕会長に新年の熱き思いを聞いた。(西口憲一)

 -前回の東京五輪は小学1年生だった。

 「日の丸がメインポールに揚がって君が代が流れるのをテレビで見て、こめかみがジンジンとしてきたのを覚えています。日本の金メダル第1号になった重量挙げの三宅義信選手、東洋の魔女のバレーボール女子、体操ニッポン、そして大会最終日に行われたマラソンの円谷幸吉選手。この四つが印象に残っています」

 -感動がこめかみに。

 「小学4年で柔道を始め、中学2年時に『将来の夢』という題で『オリンピックに出場してメインポールに日の丸を仰ぎ見ながら君が代を聞くのが夢』と作文を書きました。メインポール、日の丸、君が代…ですよ。1964年の五輪は、熊本の田舎にいた7歳の少年にも強烈なインパクトを与えたということです」

 -東西冷戦下に日本がボイコットした80年モスクワ五輪の「幻の代表」が昨年末、都内で集まった。柔道男子代表だった会長も「胸を張って『代表だった』と言えるようになれば」と語った。

 「62年間、私は前を向いて生きてきたわけです。目標を持って志を抱いて。あの『モスクワ』を一言で表すなら『過』。つまり過去のこと、終わったことです。ところが、傷が癒やされていない方々がおられる現実を知り、同時に『私が一番恵まれていた人間だったのでは』と思いました。考えが百八十度変わりました。40年前にこんな悲惨なことが起きていた事実を多くの方に知っていただかなければいけない。一番恵まれている人間が汗をかくのは責務だと考えています」

 -JOCの選手強化本部長時代には目標金メダル30個を打ち出した。柔道界の代表第1号、素根輝選手にも推進役として期待がかかる。2年前には直接指導を行った。

 「あれはね、私の基本原則に反する行為だったんですよ(笑)。私、直接選手には言わないんです。全日本の監督や担当コーチを通して言うのがポリシーですし、今までしたことがなかった。『なんで素根さんにだけ?』という声が上がらないか、心配でした(笑)。実際、そういう雰囲気は感じませんでしたが…。彼女は自分よりも大きな相手に対して間合いを取るところで苦労しているのが見えました。組み手のスタイルも似ていたから、自分の経験を踏まえて、ついつい熱が入ってしまいましたね」

 -2020年の思いを表す漢字一文字に「志」を選んだ。

 「高い志を持てば人が集まってくる。そうなることで多くの人と関わることができる。逆に志が低くなれば自分本位になってしまう。高い志を持って力を合わせ、スクラムを組み、世界中のアスリートが最高のパフォーマンスを発揮できる大会にしたい」

PR

柔道 アクセスランキング

PR

注目のテーマ