「私は巨人しか知りません」歴史的日本一で思い返す王さんの言葉

西日本スポーツ

 ダイエー王監督誕生秘話 前編

 令和元年のプロ野球は福岡ソフトバンクが巨人との日本シリーズを制した。3年連続の日本一を達成したた翌日、元球団代表の瀬戸山隆三(66)のもとにメールが届いた。球団会長の王貞治(79)からだった。「巨人に勝っての日本一。念願がかないました。工藤(公康)監督は最高の戦いをしてくれました」―。瀬戸山は王が前身の福岡ダイエー監督だった2000年に巨人に敗れた「ONシリーズ」を知る。歓喜に満ちあふれた文面を読み返しながら、「世界の王」をホークスの監督就任に向けて口説き続けた昔日に思いをはせた。(取材・構成=西口憲一、文中敬称略)

 巨人を4連勝で圧倒した直後の祝勝会で、王は「時よ止まれ!」と喜びをあらわにしたという。19年前の日本シリーズは当時監督の長嶋茂雄(現終身名誉監督)率いる古巣巨人に苦杯をなめた。敵地で2連勝しながら、4連敗で決着。以後、頂上決戦での雪辱の機会はなかなか巡ってこず、ともに立場も変わったため、2度目の「ONシリーズ」は実現しなかった。

 瀬戸山 今回日本シリーズで勝った日の夜に「おめでとうございます。私は会長をいの一番に胴上げしています。さらなるご活躍を」とお祝いのメールを打ちました。翌日にいただいたメールには「念願がかないました」とありました。工藤監督はもちろんですが、19年前に誰よりも悔しい思いをされた王さんを東京ドームのグラウンドで胴上げしていただきたかった。せめてもと思い、心の中で胴上げさせていただきました。

 1994年2月。当時ダイエーの球団代表だった瀬戸山は東京・有楽町の老舗フレンチで緊張の極みにいた。壁に飾られた「シャガール」の絵画も極上のディナーも目に入ってこなかった。88年秋に巨人監督を退いていた王との2人きりの会食。「大変ありがたいお話ですが、私は巨人しか知りません。セ・リーグの野球しか知らないんです。東京育ちで福岡は遠すぎます。家内のこともありますから」。ダイエーの監督として福岡に招聘(しょうへい)する重大な任務を担った瀬戸山の懸命の要請にも、王は乗ってこなかった。

 その1カ月前、瀬戸山は王と初めて会った。場所は同じ有楽町のフレンチの店。そこには93年から監督としてダイエーを率いた根本陸夫(故人)もいた。「球界の寝業師」と言われた根本は70年代中盤から隆盛を誇った広島の基礎を固め、80~90年代の西武常勝期を築いたチームづくりの名手でもあった。王と長嶋は巨人の黄金期を築いた「ON」と呼ばれる。根本は王ホークスを誕生させ、長嶋巨人との日本シリーズで球界を盛り上げる壮大な構想を持っていた。

 瀬戸山 根本さんからは「ワンちゃんを自分の次の監督に招くから」と直接聞いていました。いずれ紹介する、口説こうと。その機会が94年1月だったわけです。最初は根本さんの「ワンちゃん、俺のあと頼むよ」から始まりました。単刀直入でしたね。その後は「長嶋が巨人の監督でいる間にワンちゃんが福岡に来てON対決を実現させないと野球界が駄目になる。(サッカーの)Jリーグも始まった。その辺はわかってくれ。何でもワンちゃんの言うとおりにする。給料も欲しいだけ言ってくれ」と。でも、王さんの返答は「私は巨人しか知らない…」と終始変わりません。根本さんが説得して、王さんがやんわり断る構図ですね。2月からキャンプでユニホームを着なければいけない根本さんは「自分はもう会えない。ワンちゃんが『イエス』と言うまで、この瀬戸山が説得するから、月に1回この店で会ってくれ。それだけ、ここで約束してくれ」と王さんに了承させました。そうして翌月から2人で会うことが決まりました。あとは根本さんも王さんも世間話で盛り上がっていました。ビールはメニューにありませんでしたが、王さんがビール好きという話を事前に伺っていましたので、当時の支配人は缶ビールを20本ほど事前に調達していました。根本さんはワインもビールもやりませんが、王さんは結構飲まれていました。会食でのメニューは全く覚えていません。覚えているのはビールとワインを飲んだことだけ。お店は今のようにこんなに明るい感じではありませんでした。もっと照明を落としていたような…。でも、それはわかりません。仰せつかった事の重大さもあり、私の気持ちが暗かっただけかもしれませんし(笑)。

 瀬戸山 当初王さんとの会食でよく覚えているのが「私は自由人ですから」という言葉でした。「野球の技術者」ともおっしゃっていました。生き方として、組織に縛られることなく野球を追求したいという意味なのかな、と私なりに解釈しました。とにかく毎回お会いする前から平常心ではいられませんでした。最初にお目にかかった1月は根本さんもいましたから「お付きの者」でよかった。でも、素直に感動しました。根本さんが「これ(瀬戸山)は(球団)代表をやっている」と紹介したら、王さんは私のこと知らないはずなのに「存じ上げています」とおっしゃっていました。それぐらい配慮がある方。向こうは「世界の王さん」じゃないですか。こっちは「ただの人」。根本さんからは「ワンちゃんからリクエストがあったら必ず『分かりました』と言え。『持ち帰って検討します』なんて口が裂けても言うな」とくぎを刺されていました。最初は本当に張り詰めた状態で、待ち合わせの30分前には店に着いて、全身石と化していました(笑)。王さんがお見えになるまで、まずどういうごあいさつをするか…と思案するわけですよ。乾杯する手も震えますよ。「早速ですが…」といきなり本題に入るわけにもいかないじゃないですか。王さんにも私の胸の内が手に取るようにわかったんでしょうね。「まずは、ゆっくりビールを飲みましょうか…」とか「大変な役割ですね。心中をお察しします」とも言われました。「野球界では、あの…あんまりお名前をお聞きしませんけれど、選手ではありませんよね」「も、もちろん、違います」みたいなやりとりもしました。何か、私がインタビューをされている感覚なんですよ。「高校は一応球児で、大学は準硬式で…。その程度でプロ野球の世界とご縁はありません」「南海電鉄からホークスを譲り受けるのに携わりまして…」とか私が話しやすいように、うまく経歴を聞き出してくれたんです。また、聞き方がうまいんですよ。ダイエーホークスが誕生したときのこと、大阪から福岡に移転した経緯など。その前に私が食品売り場で食肉をカットしていたことも(笑)。私のことを知りたかったというより、このままだと緊張に耐えきれず、あおむけに倒れてしまうのではと逆に心配されたのが正解だと思います。

(後編に続く)

PR

福岡ソフトバンクホークス アクセスランキング

PR

注目のテーマ