ソフトバンク1位佐藤「すぐにキレる悪ガキ」が野球にハマって開花

西日本スポーツ

ソフトバンク2020新人紹介 ドラフト1位・佐藤直樹(上)

 4年連続日本一を目指すソフトバンクに12人(支配下5人、育成7人)のルーキーが入団した。球団では41年ぶりに外野手の1位となった佐藤直樹をはじめ、支配下選手は社会人、大学生の即戦力候補が4人。1年目の活躍も期待される顔ぶれとなった新人たちの横顔を紹介する。(文中敬称略)

 1998年9月3日、兵庫県。佐藤家の第3子として約3800グラムの男の子が生まれた。名は直樹。その数年前に亡くなった祖父直一と、兄宏樹から1字ずつをもらい付けられた。「あまりに大きかったので、予定になかった帝王切開で生まれてきたんですよ」。父義八(69)は当時を懐かしむように振り返った。

 50メートル走5秒8、遠投115メートル。高い身体能力でプロへの道を切り開いた佐藤のポテンシャルの一端は幼少期から表れた。3歳になったころ、遊びのメインは自宅近くの公園にあったジャングルジム。一番高い場所からジャンプして下りるのが日課となった。「いつも外で遊んでばかり。あまりに(あちこちを)走り回るので、当時はマンションに住んでいたんですけど、無理をして一軒家を買ったんですよ」。母亜美(56)は笑顔で証言する。

 小学校に上がる前、最初に始めた習い事は空手だった。そこには義八の狙いがあった。「48歳の時にできた子どもだったからかわいくて。甘やかしたらわがままに育っちゃった。空手をやれば礼儀作法を覚えてくれるかなと」。佐藤本人も「小さいころはすぐにキレる悪ガキでした」と苦笑する。野球との出合いは小学1年。亜美の知人が監督を務めていたことがきっかけで、地元の少年野球チーム「灘西レイダーズ」に加入した。「最初は嫌々練習に行っていた」と当時を振り返った“悪ガキ”のエネルギーは、まもなく野球に昇華されていった。

 最初は投手としてもプレーしたが、監督の目に留まったのは肩の強さ。適性を見極めるため始めた捕手ですぐに才能を発揮した。走者が盗塁を試みれば立ち上がらずに座ったまま投げてアウト。ソフトボール投げで約60メートルを記録した強肩に相手チームの走者はくぎ付けとなった。刺すだけではない。「盗塁で刺された記憶がない」という俊足も含め、佐藤は瞬く間にチームの中心選手になった。「人生で初めて打ち込めるものを見つけた気がした」。気付けばもう、空手の胴着は必要なくなっていた。

 小学校卒業の前、地元の硬式クラブチームから誘いがあった。しかし、進んだ先は兵庫・報徳学園中の軟式野球部。「仲のいい友だちが行くと言っていた」という理由もあるが、先の大きな目標をも見据えた上での決断だった。「報徳で甲子園に行きたいという夢はずっと持っていた」。中学時で50メートル走は既に6秒台前半。磨きをかけた身体能力で描いた通りに報徳学園高へ進んだとはいえ、全国から有力選手が集まる強豪校で軟式出身の選手がレギュラーになった前例はなかった。「周りはうまいやつばかりだったけど、負けず嫌いの心が騒いだ」。反骨心をむきだしにして汗を流した15歳は、名将と出会ったことでさらに大きく成長した。 (長浜幸治)

(中)につづく

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