ソフトバンク1位佐藤を支えた父 入院中も毎日顔を出してくれた

西日本スポーツ

 ソフトバンク2020新人紹介 ドラフト1位・佐藤直樹(中)

 4年連続日本一を目指すソフトバンクに12人(支配下5人、育成7人)のルーキーが入団した。球団では41年ぶりに外野手の1位となった佐藤直樹をはじめ、支配下選手は社会人、大学生の即戦力候補が4人。1年目の活躍も期待される顔ぶれとなった新人たちの横顔を紹介する。(文中敬称略)

(上)からつづく

 2014年に強豪・報徳学園高の門をたたいた佐藤のことを、当時監督の永田裕治はよく覚えているという。「軟式出身だけど身体能力の高さが際立っていた。一目見ただけでプロを狙える素材。大きく育てたい、こぢんまりとまとまるような選手にはしたくないと思った」

 監督生活20年超。甲子園に春夏通算18度出場し、02年春には全国制覇も成し遂げた名将が認めたダイヤの原石はさっそく頭角を現し始める。1年生から捕手として出場。強肩とともに武器だった俊足を生かすため2年時に外野手へ転向した。「肩の強さは僕が見てきた中でもナンバーワン。足もあるし、外野の方がより彼の力を生かせる」という永田の決断だった。

 もっとも佐藤自身は、期待を感じながらも意識がついてこなかった。「きつい、しんどいことが苦手。だから練習も嫌いだった」。そんな日々を乗り越えられたのは父義八の“手弁当”の支えがあったからだ。「毎日仕事をしながら(午前)4時には起きて弁当を作ってくれた」。自宅のある神戸市から高校まで電車で約40分。練習開始が早く始発でも間に合わない時は、父の運転する車で学校まで送ってもらうこともあった。

 初めてレギュラーとして迎えた2年秋の公式戦で、右翼手の佐藤は飛球を追って二塁手と接触。左上腕骨を骨折し約5カ月間もプレーできなかった。「自分たちの代になりこれからというときの大けが。さすがに苦しかった」。失意の入院中、毎日顔を出し励ましてくれたのも父だった。「高いお金を払ってもらって野球がやれている。ちゃんとやらないと、と感じた」

 最後の夏、兵庫大会初戦の須磨翔風戦。相手先発はこの年のドラフトで阪神の3位指名を受け入団した才木浩人だった。プロ注目の右腕から3回に先制打を放った佐藤は、同点の6回に左翼席へ決勝アーチ。「ああいう場面で打てるのは持っている証拠」と監督の永田をうならせた。

 夢だった甲子園出場はかなわず、進路を決める時期が来た。一時は大学進学に傾いたものの「大学へ行くにはお金を払わなくちゃいけないけど、社会人ならお金をもらってプレーできる。少しでも親孝行になるかな」と決断した。恩師にもらった「絶対に3年でプロにいけよ」の言葉を胸に秘め、18歳で初めて親元を離れた。 (長浜幸治)

(下)につづく

PR

福岡ソフトバンクホークス アクセスランキング

PR

注目のテーマ