ソフトバンク5位柳町「右打ちは考えたことがない」原点はイチロー

西日本スポーツ

 ソフトバンク2020新人紹介 ドラフト5位・柳町達(上)

 4年連続日本一を目指すソフトバンクに12人(支配下5人、育成7人)のルーキーが入団した。球団では41年ぶりに外野手の1位となった佐藤直樹をはじめ、支配下選手は社会人、大学生の即戦力候補が4人。1年目の活躍も期待される顔ぶれとなった新人たちの横顔を紹介する。(文中敬称略)

 1997年4月20日。茨城県で柳町家に第2子が生まれた。3596グラムの男児。「何ごとも達成できるような人に成長してほしい」。そんな願いを込め達(たつる)と名付けられた。父準一(54)は「体も大きく、本当に元気な子でね。文字通りすくすくと育った感じ」と懐かしむ。

 家族思いの優しい子にも育つ。兄直(すなお)(25)は幼少時、小児ぜんそくでしばしば入院していた。両親は仕事後に病院へ寄り、遅い時は帰宅が午後10時すぎ。柳町はいつも眠い目をこすりながらじっと両親の帰りを待っていた。不安そうに「あんちゃん、大丈夫?」と聞く柳町。「大丈夫」。そう返すと、ほっとしたようにその場でこてっと横になり眠りについた。

 慕っていた兄を追うように小学4年で野球を始めた。母律子(55)は「始める前から見ることは好きで、早起きして早朝のメジャー中継を見ていました」と回想する。イチロー氏が所属していたマリナーズの試合をよく見ていたという。その影響か、右利きながらグラウンドでバットを持つと誰に教わるでもなく左打席へ。準一は「ずっとイチローを見ていて、自然と野球はそういうものだと思ったんでしょうね。すぐに振れた。右はたどたどしかったな」と笑う。「右で打つことは考えたことがない」という“生粋”の左打者は、ここから順調に成長曲線を描いていく。

 小学生時代の新利根エンゼルスを経て、中学では硬式チームの取手リトルシニアでプレー。当時は主に三塁手。2年時に全国大会で優勝を果たす。ここで縁が生まれた。大会中、視察していた慶応高の関係者が対応力の高い打撃などを評価。後にこのことを聞いた柳町は同校への思いを日増しに膨らませた。「KEIO」のユニホームでプレーしたい-。心は決まった。

 勉強も野球も手を抜くことはできない。必死の毎日だっったが、周囲にも環境にも恵まれた。自宅から離れているグラウンドへの送り迎えをたびたびしてくれたのはチームメートの家族。「本当に皆さんに助けられた」。取手シニアには自習時間があり、野球を続けながら学習塾に通わず受験勉強もできた。練習で疲れていても、帰宅すると深夜まで参考書を広げノートは真っ黒。努力のかいあってサクラは咲き、新たなステージへと踏み出した。 (山田孝人)

(下)につづく

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