ソフトバンクの育成新人が「恩人」と感謝する素人のお兄さん

西日本スポーツ

 ソフトバンク2020新人紹介 育成4位・勝連大稀

 4年連続日本一を目指すソフトバンクに12人(支配下5人、育成7人)のルーキーが入団した。球団では41年ぶりに外野手の1位となった佐藤直樹をはじめ、支配下選手は社会人、大学生の即戦力候補が4人。1年目の活躍も期待される顔ぶれとなった新人たちの横顔を紹介する。(文中敬称略)

 うららかな、ある春の日だった。近所の公園で、小学3年の勝連は始めたばかりの野球に友人と興じていた。「一緒に遊ぼ」。声をかけてきたのは、近くに住む年上で顔見知りのお兄さんだ。聞くと野球経験はないという。「大人げないけど相手をしてあげよう」。お兄さんは投手、自身は打者で勝負。余裕で勝つつもりが、ねじ伏せられた。

 スポンジボールを握りしめ全球真っすぐで挑んできた相手に、ファウルするのがやっとだった。ほとんどが空振りで3打席の対決は完敗。「素人なので真っすぐしかこないのに…。すごいショックだった」。これが原点だった。

 2001年4月30日、父健二(56)と母市子(46)の間に沖縄県で生まれた。小学3年で加入したチーム「普天間隼」はメンバー22人で勝連の背番号は22。「一番下手」と自覚したがそれでは終われない。「うまくなりたい」。この一心で日々を過ごした。

 学校から帰ると、日が暮れるまで健二と練習。そのかいあって4年生で主力に成長した。中学生時は硬式チームの宜野湾ポニーズでプレーし、遊撃手として全国大会も経験。名門の興南高に進んだ。部員は170人近く。「絶対にレギュラーになる」と固い決意を胸に門をたたいた。

 寮生活になじめずつらい思いもした。そんな時は同学年の宮城大弥(オリックス)らと励まし合った。2年夏に甲子園出場。千葉・木更津総合との2回戦、走者一塁の場面で、遊撃手の勝連は中前に落ちそうな飛球を好捕すると素早く一塁へ送球して併殺を完成させた。「すごく自信になった」。試合に負けても得たものは大きかった。

 最後の夏、沖縄大会決勝で敗れた。それでもプロへの道が開けると信じて練習を続けた。ある日、自宅近くで声をかけられた。「勝連君。頑張っているな。甲子園も見てたよ」。最初は分からなかったが小学3年のあの日、ねじ伏せられたお兄さんだった。

 「話すのはあの日以来。感慨深いものがあった。あの時負けたから、どんな状況でももっと頑張ろうと思えた。恩人なんです」。支配下への道は簡単ではない。それでも言う。「また沖縄に帰った時に頑張っているね、と言われたい」。あの日、公園で刻んだ記憶を励みにプロの世界へ飛び込む。(山田孝人)

=おわり

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