「初心に戻ってやるんだ」相次ぐ卒業、逆風に一丸 HKT月イチ報告(上) (2ページ目)

西日本スポーツ 古川 泰裕

 ◆シングル1枚悔しかった

 -当時のNGT48メンバーへの暴行事件に端を発し、グループ全体への逆風が強くなった。恒例だったイベントもいくつか実施されず、HKTのシングルの年間リリース枚数も減った

 栗原「悲しいは悲しかったですけど…」

 「シングルが少ないと握手会も減っちゃうから、今年少なかったなと…」

 下野「飛行機のマイルがあんまりたまらなかったもん。さしさんが卒業するとき『(シングル)年間1枚じゃだめだよ』みたいに言ってくださって、私たちもそこはずっと意識してて。シングルが増えれば選抜に入れる子も増えるし、いろんな経験できる子が増えると思ったんですけど。年間1枚じゃだめだなっ、て思いながらの活動だったけど、結局1枚だったなっていうのは悔しい部分」

 「実際に何をすれば増えるのか正直分からないし、何ができるんだろうなって…」

 -それでもHKTは比較的平和な1年

 上野「まあ正直、平和でしたよね」

 下野「平和というか、むしろ団結力が高まった1年だったなと。シングルは1枚しか出せなかったんですけど、たぶんこの1年が今後、すごく役立つときが来るんだろうなっていう1年だった。みんなの気持ちのそろえ方だとか、今まではあった、さしさんのタレント性とか、引っ張っていく、まとめるっていう『支柱的なもの』がなくなったとき、私たちはどうするかっていうのを考えさせられた年だから。それが体感できて、今後何年たってもずっと役立つんじゃないかな」

 上野「さしさんがいなくなってからの活動に熱中しすぎて、世間で言われてることもあんまり実感がなくて。本当に夢中で、目の前にあることに一生懸命だったのかもしれないって、最近思いました。『48グループいろいろあったよね』って言われても、あんまりピンと来なかったのが正直あって。確かに選抜総選挙もなかったし、行事も少なくなっていたのは感じてたんですけど、それより今のHKTを頑張らないとって思っていた」

 下野「HKTとしてのイベント出演は多かったよね。一つ一つのイベントやコンサートにかける熱量が今までよりダントツだったから、一回一回で使い果たしていた」

 「なんて言っていいのか…言いたいことは分かるんですけど…」

 上野「夢中だった」

 栗原「無我夢中、みたいな(笑)」

 下野「同じことや(笑)」

 -2文字増えただけ(笑)

 上野「いろいろなイベントに呼んでいただけることが、18年より多かったのがうれしかったですね。(出演するのは)だいたい選抜だったかもしれないけど、メンバーも入れ替わっていろいろなところに行けて、そこにしかいないお客さんも気になったりして。『あれ?なんだろう』って気になって(HKTを)見てくれてる人たちもいて。もっといろいろなメンバーが行けていたら、もっとうれしかったなと正直思いますけど…。HKTの名前が広がっていることを願っています」

 -指原さん卒業という分かりやすい「ピンチ」に一丸で向き合った。チームKⅣキャプテンの本村碧唯は九州ツアーを振り返り「みんなで同じ方向を向けたツアーだった」と振り返っていた

 下野「(コンサートツアーとして)最初にやった九州ツアーをもう一度できたのがうれしかったですね。その時いなかったメンバーもいるけど、さしさんがいた時代のHKTも含めて、また仕切り直しじゃないけど…一回初心に戻ってやるんだぞっていう気持ちになれたのは、九州ツアーだったからだなって思います。大分の会場とか、いろいろ思い出しました。その時、見ていたお客さんも、そうじゃないお客さんもいたと思うけど、見ている側にも『あの時、いろいろあったよな』って思いながら見てもらえたんじゃないかと思う」

 上野「このタイミングで九州ツアーを、もう一回やらせてもらえるっていう事実が、ありがたかった」

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