五輪逃して初の日本女王 早田ひな「自分は変われる」で代表2人連破

西日本スポーツ 伊藤 瀬里加

 ◆卓球全日本選手権女子シングルス(19日・丸善インテックアリーナ大阪)

 早田ひな(19)=日本生命=が悲願の初優勝を果たした。

 準決勝で3年連続3冠が懸かっていた伊藤美誠(19)=スターツ=に4-3、初めて進んだ決勝では過去4度優勝の石川佳純(29)=全農=に4-1といずれも東京五輪代表の2人に勝利。伊藤と組んだ女子ダブルスとの2冠を達成した。早田は3月の世界選手権団体戦(韓国・釜山)の代表に決まった。

 サウスポーの早田はもともと右利きだ。4歳で地元福岡県の名門クラブに加入。同時期に入った選手とダブルスを組もうと早田が右手、もう1人が左手でラケットを握ったものの、しっくりこない。2人の持ち手を逆にしたところ、うまくいったという。競技を始めたころから見せていた器用さを武器に成長を続けていったが、五輪代表候補に名を連ねるまでの課程では悔しい経験もたくさんあった。

 小学生のころ、ある大会で敗れた後に大きな転機があった。同じクラブ出身の北京、ロンドン五輪男子代表、岸川聖也の姿勢や取り組みをクラブの指導者から伝え聞き、毎日のランニングを欠かさなくなった。3年前には膝の故障に苦しんだ。この時も下を向くことなく、食事管理と地道な体幹トレーニングを続けて乗り越えた。

 つまずきながらも前に進んだ早田にとって最も苦しい戦いは、今月に全メンバーが決まった東京五輪の代表選考レースだった。シングルスの代表は世界ランキングの上位2人。団体戦のメンバーとなる3人目はシングルス代表2人とのダブルスの相性や世界ランキングを考慮して強化本部が推薦する流れだった。

 団体戦のシード順位はシングルスの世界ランキングによって決まる。伊藤、石川、平野の3人に大きく引き離されていた早田は、ランキングに影響するポイントを上積みするため出場試合数を増やすことで巻き返しを狙っていた。世界各国、大小さまざまな大会に出場し「どこに住んでいるか分からない」と自虐的に言いながらも、持ち前の明るさだけは決して失わず報道陣の前では疲れも笑い飛ばした。

 選考レースが終盤にさしかかった昨秋、結果が出ずに「精神的に疲れる」とこぼしたこともある。それでも最後まで諦めることはなかった。「普通なら心が折れる状況でも、自分で変わりたいという思いや、自分だったら変われるという思いでやっている」

 代表入りが正式に消滅した直後の全日本選手権で「変われる」という思いを貫き、東京五輪代表の伊藤、石川を連破して頂点に立った。7月で20歳。パリ五輪が行われる4年後へ、明るく笑う「ひな」が大きく羽ばたくのはここからだ。 (伊藤瀬里加)

PR

スポーツ アクセスランキング

PR

注目のテーマ