王会長から「真剣に怒られました」なぜ城島氏はジーパンだったのか
2020年春季キャンプ企画「キーマンに聞く」第1弾として、15年ぶりに福岡ソフトバンクへ復帰した城島健司会長付特別アドバイザー(43)が西日本スポーツのインタビューに応じた。現在のホークスを見て強さの源を実感。いきなり王会長に叱られたキャンプ初日の内幕や、工藤監督とのやりとりについても語った。(全3回の1)
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-以前と比べて球場の雰囲気は? 20代の頃のパネルを持っているファンもいるが
「僕だけじゃなく、選手は何がうれしいかって、注目されて人に見られること。それは大事なことでもある。人に見られていると、手を抜いたプレーもできない。ファンサービスの意識も高くなる」
-注目度が低いと選手にもチームにもマイナスになる。
「見られていないチームはファンサービスの意識が薄くなるし、プレーにも出る。例えば、エラーをしても無反応。それが一番良くない」
-それにしてもファンが多い。
「キャンプインから土日で、このスタジアムが満席になった。これはありがたいこと。お世辞ではなく、この球団は、1軍のチームが二つ三つできるぐらい選手層が厚い。報道で『ホークスのキャンプが一番活気がある。声も出ている。だから強いんだ』って耳にする。実際、これだけの選手が競い合っていれば、手を抜いたり、元気がなかったりすると、逆にそれが目立つ。おのずと生き残れない。みんな全力疾走しているから、全力疾走していないと置いていかれる。そうなると自然と活気が出る。いい伝統というか、いい循環していますよね。強いんだなって思います」
-ファンが増えて強くなるし、強いからファンが増える。
「それは現場の首脳陣だけがどうこうではなく、スカウトの選手集めや、フロントの功績も見逃してはいけない部分。王会長が『12球団一のスカウト陣だ』と僕におっしゃっていた。それだけフロントの仕事を現場が理解している証拠でしょう」
-王会長からのオファーがあり今回の復帰となった。
「本当にありがたいこと。球団会長付特別アドバイザーです。役職名は長いよね(笑)」
-キャンプ初日、王会長に久々に叱られた。
「ジャージーの話ですね(苦笑)。自分の色を出そうというか、ジーパンで来たんですよね、普段通り。その球団会長付アドバイザー43歳が、79歳の会長にキャンプ初日から真剣に怒られました。周りがいうには『久しぶりに会長が怒ったのを見た』とか。僕らしいでしょ(笑)」
-王会長からのオファーは引退後ずっとあったと聞いている。このタイミングになった理由がある。
「オリンピックイヤーでもありますし、こういう新しい役職まで用意していただいた。それにチームの状況もある。工藤さんという名将が指揮を執っていて、2年連続でリーグ優勝を逃している。でも3年連続日本一というね。そんなタイミングもあるでしょうね」
-引退した2012年から8年が経過した。
「それだけ野球界から離れているし、ホークスからは15年も離れて声が掛かるのは本当にありがたいことです」
-役職名から、特定の役割はイメージしにくい。
「工藤監督が望んでいるのは首脳陣でもフロントでもない。選手からすると『兄貴』的な感覚で、と言われています。『これという指定はないが、話をしてほしい。もし相談に来たら乗ってやってほしい』ということだった。世間話をね」
-現役時代から群を抜いて弁が立つ。
「政治経済から下ネタまで(笑)。それが得意分野ですね。そういうのを気楽に。だからこそ、選手への接し方は気を使う。自分がわざわざ呼んで何かを伝えるというのは、ちょっと違う」
-技術は基本的に教えない。
「技術指導はコーチがするもの。その選手を長く見ているプロがいる。技術に口を出すつもりは全くない。野球の考え方だったり、若い時に経験した変化だったり。自分は30歳の時にアメリカに行った。そのときの経験とか、日本に帰ってきてどう思ったかとか。選手たちが経験することは少なからず、自分も経験している。選手一人一人違うので、自分の考え方がすべて当てはまるとも思っていませんけど」
-特にキャッチャーは聞きたいことがたくさんありそうだ。
「『城島さんも同じように悩んでいたんだな』と。そういうキャッチャーとしてもバッターとしてもヒントになれば。そういうことを話してもらえたらということです。これと具体的なものがないから正直、暇なんですよ(笑)。ほんとに」
-柳田とは打撃論を交わした。甲斐にも打撃について何か伝えていたようだが。
「いいえ、伝えてません、全然。全く。正直、気を使いますよ。監督や会長は『積極的に話して』って言うけど、そういうわけにもいかない。教えるというのは責任が出るし、そのプレーヤーを長く見ておかないといけない。けど、今のところ現場に長くいる立場でもないので」
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◆城島健司(じょうじま・けんじ)1976年6月8日生まれ。長崎県佐世保市出身。大分・別府大付(現明豊)高からドラフト1位で95年に福岡ダイエー(現福岡ソフトバンク)入団。2003年にMVPに輝くなど強打の捕手として3度のリーグ優勝、2度の日本一に貢献した。6年に米メジャー移籍し、マリナーズでプレー。10年に阪神で日本球界復帰、12年に引退した。日本代表では4年アテネ五輪で銅メダル、9年ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で優勝。今年1月1日付で福岡ソフトバンクの球団会長付特別アドバイザーに就任した。引退時の身長182センチ、体重94キロ。右投げ右打ち。




















