城島氏が今語る五輪の重圧「いつもオエッて」 甲斐に「捨てる作業」のススメ

西日本スポーツ

 2020年春季キャンプ企画「キーマンに聞く」第1弾として、15年ぶりに福岡ソフトバンクへ復帰した城島健司会長付特別アドバイザー(43)が西日本スポーツのインタビューに応じた。万年Bクラスだったホークスが、常勝軍団へ変わる過程を現役時代に経験。当時を知る者が背負う使命を語り、五輪野球日本代表経験者として、東京五輪を戦う上でのポイントも示した。(全3回の2)

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 -ホークスが強くなる課程を選手として経験した。

 「覚えてますか? 僕がホークスに入って、オーストラリアにキャンプに行って、2次キャンプで高知に戻った時。あの時、雪が降っていて…高知の球場には数えるぐらいしか人がいなかった。それが2003年秋から(キャンプ地が)宮崎になって、さらに九州の球団として強くなっていった」

 -そこから常勝軍団と呼ばれるようになっていく。

 「それだけじゃなくて、これだけ人が来てくれる。ただ勝つだけじゃなくて、魅力的な選手が増えて魅力的なチームになっていった。それは現場やフロントの努力のたまもの。これを向こう10年、20年と続けなきゃいけない」

 -簡単な道のりではなかった。

 「人が来てくれることを当たり前に思っている今の選手たち、昔のことを知らない選手が『黙っても人は来る』と思っていたら、また昔に戻ってしまう。キャンプ中、誰よりも王さんが率先してファンにサインをした。(このキャンプ地では)選手が練習の移動中にファンとタッチしたり、声かけをしてもらったりできる動線ができている。その積み重ねが今のチームの礎をつくっている」

 -それを継続していくのが、王会長が監督時代に育てた選手たち。城島アドバイザーもその一人だ。

 「自分のことは分かりませんが、それをつくってきたのは王さん。王さんの野球を一番近くで感じて、グラウンドで見て、一緒に過ごしてきた。グラウンドでの王さんの考え方、ファンへの接し方も教わった。それを選手が実践したから今のホークスの人気がある。それを未来に残さなきゃいけない。今の状況が当たり前ではないんだと、球団も選手も分かっていてほしい」

 -どのような役割かは別として、それに力を貸すことになる。

 「それができるんじゃないかとは思っています。自分の意見がどうこうというのはないけど、王さんの考え方は伝えていけると思っています」

 -東京五輪の聖火ランナーも務める。自身は野球日本代表としてアテネ五輪に出場した。

 「東京で誰が選ばれるかは分かりませんが、そのタイミングも(古巣復帰の理由として)あった。順調にいけば、甲斐は選ばれる可能性が高い選手。五輪の場合、キャッチャー2人制でしょう。役割も多くなるし、今のチームとは違う立場での起用も増える。甲斐は今でもリーグを代表する素晴らしいキャッチャーだと思いますが、国を背負うとなると、もう一皮むける必要はある。僕は五輪の経験をしている。同じキャッチャーとしての五輪での心構えは伝えられる」

 -国を背負って明日なき戦いに臨む独特な緊張感がある。

 「その時はね。やってる時は、正直、楽しいものじゃない。いつも『オエッ』てね。おえつしながらやっていた。勝っても負けても、よく眠れずに過ごした1カ月だった。振り返ってみるとそういう経験は自分の財産になった。(選手に)楽しめとは言わないですけどね。大いに苦しみ、大いにプレッシャーを感じながら、そこに選ばれて日の丸の重みを感じてほしい」

 -甲斐が選ばれれば、アテネで味わった緊張感を伝えられる。

 「感じ方は本人しか分からないけど、行く前に志というか気持ちの準備だけはした方がいい。そういう面で少しでも参考になればいい。今と昔では野球も違うし、自国開催という違いもある」

 -アテネでは4番で捕手だった。

 「打つ方のプレッシャーは感じなかった。何番打っても注目される。8番打っても『城島、打たんでいい』とはならない。そういう意味でも4番としての責任感は感じなかった。それよりもキャッチャーという意識の方が強かった。今のようにセ・パの交流もあまりなかった。バッテリーを組む投手がどういう投手か知らなかったからね。打つ方のことは、あまり覚えてない。記憶に残っているのはキャッチャーとしての重圧というか、責任というか」

 -五輪に向け、ほかに必要な準備とは。

 「当時から優秀なスコアラーさんがいて、データをもらっていた。ただ、初めて見る選手は対戦しないと分からない。捕手としてビハインド・ザ・プレートで感じないと。データは大事ですけど、ピッチャーとキャッチャーが、そのバッターと対戦して感じるものはとても大事」

 -対戦が1度で終わるケースもある。実際に対戦してからでは遅いことも。

 「それは球場で(打者やチームを)視察するだけでも全然違う。最初は紙のデータと映像を照らし合わせていたけど、実際に見ると違うなと思ってからは、積極的に足を運んだ。自分たちの場合はアテネだったので、簡単ではなかったけど。自国開催ですから地の利を生かして。データも吸収するというよりも、捨てていく作業を積極的にやってほしい」

 (3につづく)

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 ◆城島健司(じょうじま・けんじ)1976年6月8日生まれ。長崎県佐世保市出身。大分・別府大付(現明豊)高からドラフト1位で95年に福岡ダイエー(現福岡ソフトバンク)入団。2003年にMVPに輝くなど強打の捕手として3度のリーグ優勝、2度の日本一に貢献した。6年に米メジャー移籍し、マリナーズでプレー。10年に阪神で日本球界復帰、12年に引退した。日本代表では4年アテネ五輪で銅メダル、9年ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で優勝。今年1月1日付で福岡ソフトバンクの球団会長付特別アドバイザーに就任した。引退時の身長182センチ、体重94キロ。右投げ右打ち。

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