「1歳しか違わないのに」病と闘う高校剣道女王、支えた池江璃花子の言葉

西日本スポーツ

 昨夏の全国高校総合体育大会(インターハイ)の剣道で個人の女子を初めて制し「令和最初の個人女王」になった茨城・守谷高3年の柿元冴月が、今春から法大へ進学する。五輪の実施競技ではない「剣の道」を歩む18歳にとっても「日の丸」は憧れ。将来は全日本女子選手権で活躍し、3年に一度開催される世界選手権に日本代表として出場するのが夢だ。白血病と闘いながら2024年パリ五輪出場を目指す競泳女子の池江璃花子(19)=ルネサンス=の“心の強さ”に励まされた女性剣士が、旅立ちの春を迎える。

 道場を離れればどこにでもいる普通の女子高生。クッキーやパウンドケーキをつくり、趣味の裁縫でこしらえたお守りをチームメートや後輩にプレゼントする。そんな心優しき柿元はクラスメートから「大将っ!」と呼ばれている。生まれ故郷の福岡が舞台の玉竜旗は高校に入学してから3位、2位、2位。頂点にあと一歩届かなかった悔しさを、昨夏の全国総体個人戦で晴らした。秋は地元の茨城国体で優勝。柿元以外の4人が2年生という若いチームの求心力となった。

 福岡県那珂川市の那珂川北中時代に「中学チャンピオン」になった。真っすぐ、前に攻め抜く威風堂々とした剣風にひかれ、関東屈指の強豪、守谷高に進学した。17、18年の全日本女子選手権を連覇した高橋萌子(守谷高-法大-神奈川県警)を指導した塚本浩一監督の薫陶を受けて、柿元は成長。「新しいステージに向かって私自身もっと自立していかないといけない。新しい自分になるためには何かを変えないといけないと思いました」。寮生活ではなく、都内で1人暮らしとなる法大に進み、心技体を磨く。

 「剣道の強さだけではない。柿元には困難や試練を乗り越えていくだけのメンタルの強さも兼ね備えている」と恩師の塚本監督はうなずく。小学校時代は倦怠(けんたい)感などに襲われる病気にかかり、大好きな剣道に打ち込めない時期があった。高校でも定期的に通院するなど病気と向き合う日々を過ごした。そんな柿元にとって励みになったのが池江の存在だった。「池江さんとは1歳しか年齢が違わないのに、どうしてそこまで強いんだろう、と。私もいつか治る、良くなると信じて、新しい目標を立ててきました」

 昨年12月、池江がパリ五輪で表彰台を目指す決意を自身のホームページで表明した。現状を悲観せず、気丈なメッセージに柿元は目がくぎ付けになった。中でも引き寄せられたのは「病気になったからこそ分かること、考えさせられること、学んだことがたくさんありました」との一文だった。「病気をされたことで『もっと頑張ろう、病気のせいにしたくない』と思われているのではないでしょうか。病気だから仕方がないよね、と周囲から言われたくなくて…」。少し考え込んだ後、柿元は自ら切り出した。「私の病気は遺伝的なものがあるみたいです。実は母も同じ病気なんですが、その母が『私のせいでごめんね』と謝ったことがありました。私は剣道ができなくなったり、試合で勝てなかったりしたとき、母のせいにされるのが嫌でした。だから、頑張って母に恩返しをしたかった。大丈夫だよ、というところを見せたかった。面識はありませんが、池江さんも同じ気持ちではないかと」。守谷高で学んだ「三つの勝つ(克つ)」の精神。「三つのうち『攻め勝つ』と『読み勝つ』以上に難しいのが『己に克つ』なんです。私にとって、これからも外せない永遠のテーマです」。池江の姿に心情を重ね合わせながら“心の金メダル”を追い求めていく。

 東京の街はすっかり五輪モードだ。「スポーツと武道は別物だと思っていますが、同じ競技者としてプレッシャーへの向き合い方など、代表選手の気持ちや姿勢を参考にしたい。五輪に剣道があれば、と思うこともあるんですが、逆にないからこそ、今の剣道や文化を保てている面もあると思っています」。3年間汗を流した学校の道場とも、もうすぐお別れ。名残惜しさを振り払う柿元の手には、大学で使用する予定の竹刀が握られていた。柄には「想」の1文字が書き込まれている。「ある詩集で目にした『夢は叶う 想い強ければ』の箇所が好きです…」と照れた。あふれる才能の完全開花の時が待ち遠しい。(西口憲一)

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