王会長「長生きして野球界見ていたい」ノムさん思いも代弁/一問一答

西日本スポーツ

 ソフトバンク王貞治会長(79)が11日、野村克也氏の訃報に接し、キャンプ地の宮崎で報道陣の取材に応じた。一問一答は以下の通り。

-訃報に接して

 この前の金田(正一)さんに続いて野村さん。金田さんのお別れ会の時ね、車椅子ではあったけど、元気だったから。まさかこんなに続いてとは思わなかったけどね。年齢からいったら、ある程度、こういったことが近づいてるのは、本人が一番、感じてるとは思うんですけど。本当に同じ時代を、悪戦苦闘して戦い抜いた戦友なのでね。金田さん、ノムさんね…亡くなられちゃうのは本当に残念なことです。

-1月の金田正一さんのお別れの会で、何か会話は

 お互いにまず最初は『体調はどうだい』って。(野村氏は)野球に対する意欲が大変強い。野球に対する思いがあるうちは体の調子もいいんでね。けさ聞いたときにはえっ、まさかっていうのが正直な気持ちでしたけど。

 私もですけど、それぞれ、ある程度の年齢になってくるとね、自分の中でいろんな葛藤があって戦ってる。野村さんの中でもあったんじゃないかね。

-最後に話したのは

 その時だね。みんな…星野が亡くなり、カネさんが亡くなって。同じ時代を戦い抜いた仲間がいなくなるのは本当に残念なこと。その時もノムさんとそういう話もしましたけど。あの時、長嶋さんも来られて、さすがカネさんの…という感じでしたけど。

 見送られるだけじゃつまらないからね。長生きしてやっぱり野球界、見ていたいからさ。野球界の変化というか、特に今年はオリンピックの年だから、野球界がどんな戦いをするか、ノムさんも見たかったと思うんですよね。

-思い出は

 パ・リーグとセ・リーグで(互いに所属が分かれ)日本シリーズとかオープン戦でしか一緒に野球をやることはなかったんですけど。僕がホームランを打てるようになってからは、野村さんの家におじゃましたり、いろいろごちそうになったり、野球の話をしたり。大阪の家に行ったりもしましたけどね。だから何でも話せるというかね。野村さんも、僕といる時間は案外、楽しそうにしてくれたんじゃないかな。

-捕手・野村には「ささやき戦術」があった

 そうねえ、なんかブツブツ言ってたね(笑)。そのときは聞こえるけど、いつもよりどうのこうのっていうことは全然ないですね。それを聞いてるようじゃバッティングできませんから。長嶋さんも声掛けられたでしょうし、張本もそうでしょうし、みんなそうだと思うんですよね。それで引っかかってるようじゃ、いい結果出せないから。

-野村氏が現役時代につけていた背番号19は今季から甲斐が受け継いだ形に

 やはり捕手と言えばノムさん。特に頭脳的な捕手だったから。甲斐もリード面とか、ある程度、野村さんのものを理解しながら、甲斐流の捕手像を作ってほしいよね。送球のことがすごくね、よく取り上げられるけど、打撃もね。打撃に通じる頭の使い方を学んでほしいね。

-野村さんは常々「王がいたから自分は2番」と言っていた

 まあね、僕はまだ若かったからね、その頃。野村さんを追い抜いてどうのこうのっていうような感じはなかったね。でも日本の(通算)ホームラン数の野村さんの記録に、僕が追っつくとき(1973年)は野村さん、すごく抵抗してね。頑張って、ある程度、併走したからね。野村さん、意地を見せたなって思ってましたけどね。

 まあ、勢いは僕の方が上だったからね(笑)。これはノムさんも認めてたと思うんだよね。本人もしょうがねえと思ってたんじゃないかな。実際に同じ時代を戦ってるから、お互いに理解して、認め合って、尊敬もしてたしね。

 ご冥福をお祈りします。カネ(金田)さんと昔話をしてほしいね。

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