運命の「7・22」が幻に ソフト上野の「1球」で開幕するはずだった

西日本スポーツ 伊藤 瀬里加

 今夏に予定されていた東京五輪、パラリンピックが新型コロナウイルスの感染拡大を受けて1年程度延期されることが決まった。

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 運命の「7・22」が幻になった。開会式の2日前に日本選手団の先陣を切って登場するはずだったソフトボール女子の日本代表。この日が38回目の誕生日となる上野はオーストラリアとの開幕戦に先発することが濃厚だった。自らの「1球」が号砲になる可能性が高かった。「神様の存在を感じました」と口にしていたほどだったが、シナリオは“見えない敵”によって無情にも書き換えられた。

 「上野の413球」と呼ばれた伝説の投球で2008年の北京五輪では日本に金メダルをもたらした。世界一となった上野だが、さらに上の高みを目指す自分の姿を思い描くことができなかった。「満足というか、やりきったというか…。燃料が空っぽになった。体というより、気持ちが…」。北京大会後に実施競技から外れたことも心理面に微妙な影響を及ぼした。

 当時、所属先で監督だった現女子日本代表の宇津木麗華監督にも「目標がない人がこのままやってもいいのでしょうか」と訴えた。それでも「やる気がなくていいから続けなさい」と諭され、現役を続行。年齢を重ねて「自分のイメージ通りに体が動いてくれないことが増えている」「疲れやすい」などと体の変化を感じ、膝の故障に悩まされた年もあった。だが、3大会ぶりとなる五輪が地元東京で開催されることが決まり「私にとっては集大成として迎えたい」と奮起した。

 昨年4月には打球を受けて下顎を骨折し、4カ月の離脱を強いられたが、尊敬する宇津木監督への「恩返しを」との思いもモチベーションにして、今なおエースとして君臨。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、今月に予定されていた代表の沖縄合宿が中止となっても、チーム(ビックカメラ高崎)の練習では疲労の回復具合を確かめながら、精力的に投げ込んだ。

 24年パリ五輪でソフトボールは再び実施競技から外れる。4月3日に予定されていた日本代表の発表が中止。上野にとって集大成の舞台は延期になるが、ユニホームを脱ぐことはない。現状を受け入れ、自分の可能性を信じながら、1年後の「東京2020」で新たな伝説をつくる。 (伊藤瀬里加)

 

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