「4年に1度ではない」ソフト界の本音も…代表監督の葛藤と世界の現実

西日本スポーツ

 東京五輪ソフトボール女子日本代表の宇津木麗華監督は、北京五輪以来となる金メダル獲得の期待を担う中で令和を迎えた。

 生まれ故郷の中国から昭和に来日。選手や指導者として平成を駆けた。一度は五輪から除外された期間の苦しさを知るからこそ、選手には日本代表として五輪で戦う意味や価値を問い続ける。東京五輪を「競技人生の集大成」と言い切る宇津木監督が思いを語った。

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 霧の中にいるようだ。見頃を迎えた桜を目に映しても、心が晴れることはない。こんなに潤いのない季節を迎えたのは「3・11」の年以来だろうか。年明けから続いたオーストラリア遠征とグアムでの代表合宿を終え、調整のギアを上げるはずだった春。この空はどこまでも続いているのだ。

 世界中で新型コロナウイルスの感染が拡大している。私たちのライバルでもあるイタリアも状況が深刻な国の一つ。東京五輪の出場権を持ち、今夏を心待ちにしていたであろう選手たちの安否が気になりながら、このコラムを書いている。

 私が中国代表だった頃、ある年の世界選手権で三遊間を組んだ遊撃手がいる。彼女はイタリア人と結婚し、00年シドニー五輪ではイタリア代表で出場した。その遊撃手の娘さんが今、世界的にも強いテニスのジュニア選手だと知った。教えてくれたのは、先日のオーストラリア遠征中に対戦したイタリア代表の監督だった。母親としての幸せを感じているであろう、元チームメートの笑顔が脳裏に浮かんだ。監督との会話は弾んだ。「東京五輪が終わったら、イタリアに来て選手や子どもたちに教えてください」と頼まれた。ソフトボールが縁となって新たな出会いをつくる。こんなすてきなことはない。

 五輪メンバーの選考を兼ねていたイタリア代表は手ごわく、試合は2-0と3-2の僅差。日本に勝つことで本番に向けての自信をつけようと、投打一丸で立ち向かってきた。それほど元気だった彼女たちの日常が失われ、多くの命が脅かされている現状を耳にすると、胸が痛い。果たして金メダルを取って心の底から喜べるのか。この1カ月、自問自答してきた。

 生きていく上での指針として、私は「自分でコントロールできること」「できないこと」をシンプルに区別している。自分たちの力で改善できるものであれば徹底して努力する。これまで1次リーグ開幕戦の「2020年7月22日」を常に頭に置いて準備を重ねてきた。その一方で、3月の沖縄での代表合宿が中止となり、今春の日本リーグも開催できなくなった。

 ソフトボール選手にとって五輪は「4年に1度」ではない。北京大会以来12年ぶりの晴れ舞台であり、東京大会後に再び競技種目から外れる。未来が約束されていないからこそ、自分たちの国で競技の魅力を思う存分に発信したいのが選手の紛れもない本音だ。それでも「やりたい気持ち」を超えるものが、悲しいかな存在する。今回の延期決定も監督である私がまず受け入れなければいけない。心身の切り替えという困難なテーマと向き合う選手を混乱させてはいけない。

 相手があってこそ初めてプレーボールはかかる。その相手にも、万全の状態で臨んでもらいたい。選手の家族や親族が安心してプレーを応援できる世界、そして日本であってほしい。人命よりも尊いものはない。金メダルさえ及ばない。(ソフトボール女子日本代表監督)

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 宇津木 麗華(うつぎ・れいか)1963年6月1日生まれ。中国・北京市出身。元中国代表。88年来日、95年日本国籍取得。現役時代は内野手で日本代表の主砲、主将として活躍し、シドニー五輪銀メダル、アテネ五輪銅メダル。2003年に日立&ルネサス高崎(現ビックカメラ高崎)の選手兼任監督就任。04年に現役引退後は11年から15年まで代表監督を務め、12、14年の世界選手権優勝。16年11月、再び代表監督就任。群馬女子短大を聴講生として卒業。右投げ左打ち。

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