動かせなくなった右腕…引退危機にあったラガーマン 五輪1年延期で7人制代表入りチャンス拡大

西日本スポーツ 末継 智章

 東京五輪の1年程度延期で、代表入りのチャンスが広がりそうなラガーマンがいる。昨年1月に本格的に7人制を始めたばかりの男子日本代表候補のWTB津岡翔太郎(コカ・コーラ)。帝京大時代の競技生命の危機を乗り越え、どん底からはい上がった伸び盛りの24歳が、延期を生かして経験値を上げ、夢舞台へと駆け上がる。

 五輪へとつながるチャンスを一発でものにした。練習生として日本代表に初同行した昨年11月のオセアニアセブンズ(フィジー)でいきなり出場。能力を評価されて同年12月に東京五輪代表の2次候補に練習生として名を連ねると、その後日本が参加したワールドシリーズ(WS)4大会のうち3大会に出場した。

 瞬発力を武器とするトライゲッターは、高校時代から7人制に取り組む代表候補もいる中で「経験値は一番少ない」と自覚する。それだけに五輪の1年程度延期は「成長する機会が増えたという意味ではチャンス」と捉える。7人制のノウハウを吸収し、激しい代表争いを生き残るつもりだ。

 転機は昨年1月。同年7月のユニバーシアード・ナポリ大会出場を見据えて25歳以下の若手が集められた熊谷合宿に呼ばれた。「広くスペースを使え、7人制のほうが自分の瞬発力が生きる」と適性を感じた。同大会で初の金メダル獲得に貢献すると、お呼びがかかったのが、昨年11月のオセアニアセブンズだった。

 佐賀工高から帝京大と王道ともいえる道を歩んできたが、約2年半前は五輪どころか競技人生が尽きかけていた。大学4年の2017年秋。試合中に味方の膝が勢いあまって津岡の後頭部を襲い、脳振とうと首の神経根を損傷した。右腕は約1カ月間動かなくなった。

 「半年間ぐらいは握力が10キロもなく、5キロのダンベルも持てなかった。ラグビーはできないだろうと覚悟した」。それでも当時トップリーグ(TL)チームだったコカ・コーラから請われ、18年に入社した逸材は少しずつ重いダンベルを持つなどリハビリを重ねた。

 同年6月末にグラウンドでの練習を再開できるようになると豪脚に後遺症はなかった。同年11月のTLカップのトヨタ自動車戦で2トライ。復活を確信したその先に、飛躍の道が待っていた。

 コカ・コーラの先輩でリオデジャネイロ五輪主将の桑水流も「体を張り、タックルも行くFWのような選手。信頼が増した」と絶賛する。「なかったはずのチャンスをいただき、幸せに感じる。五輪に手がかかる位置にいる」と津岡。引退危機も乗り越えてたくましさを増した男は、つかんだ手応えを結果で示す。 (末継智章)

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