宝の山だったソフトバンク3軍1期生「千賀はひょろひょろなのにええボールを」大西宏明氏が得た財産

西日本スポーツ 喜瀬 雅則

 ソフトバンクが「3軍制」を発足させた2011年、近鉄や横浜などで活躍した、当時プロ9年目の外野手だった大西宏明氏(39)は、育成選手として3軍で1年間プレーした。その年、育成ドラフトで入団してきた千賀、甲斐、牧原ら“3軍1期生”の成長を目の当たりにしたことが、関西独立リーグ・堺の監督として、NPB球団入りという夢を追う若手を指導する立場となった現在に生きているという。その「3軍での日々」を振り返ってもらった。 (喜瀬雅則)

 大西氏が、ソフトバンクに在籍したのは、わずか1年。背番号134の育成選手だったが「新しい世界を見ることができた。僕にとって『3軍』を経験できたことは、今に生きています」と振り返る。

 近鉄、オリックス、横浜で一時はレギュラー格として活躍した外野手だったが、2010年に戦力外通告。「とにかく野球を続けたかった」とソフトバンクからの育成契約打診を、迷わず受け入れた。ソフトバンクは11年から3軍制を本格稼働。その“1期生”が育成ドラフトで入団し、いまやチームを支える立場となった千賀、甲斐、牧原だ。

 大西氏は、PL学園高時代の98年夏の甲子園で、横浜高と演じた伝説の「延長17回」で、松坂大輔(西武)から3安打を放った5番打者。さらにプロ選手を多く輩出している近大出身だ。伝統校出身の大西氏にとって、全国的には全く無名だった千賀らは「野球、きちんと教わったことがないんだろうなと思った」という状態だったという。

 それでも「千賀はひょろひょろなのに、キャッチボールをしたら、ええ球筋のボールを投げた。肘の使い方も良かった」と目を見張った。甲斐の強肩には「ホンマにびっくりした。僕が見てきた中でも、球を捕ってからの速さは群を抜いていました」といい、牧原に関しても「最初から“1軍の足”を持っていましたね」と秘めた素質に驚かされたという。

 「光るものはあるわけですよ。磨けば、ダイヤモンドになるかもしれない。ただ、磨き方を知らないだけ。千賀も甲斐も牧原も、素晴らしいダイヤになった。それを目の当たりにして僕にとっても“新しいところ”を見られたんです。日本で初めて本格的に3軍をやった1年目でしたからね」

 大西氏は当時、プロ9年目。支配下への昇格はならず「僕的には、戦力になれず、ふがいなさはありました」と。そんな中でも、千賀や甲斐、牧原らが、日に日に成長していく。首脳陣からも「教えてあげてほしい」と要請され、若手への指導も体験できた。「1軍にいるだけでは見られなかったことだし、本当に良かった」と実感している。

 「千賀、甲斐、牧原をレギュラーにして、使えるところまで、きちんと成長させる。それがホークスの強さ。彼らも最初は、すかすかのスポンジだったのに、そこにすごく多くのものを吸収したんでしょうね。僕も、ほんとにいい経験をさせてもらいました」

 大西氏は、昨年から関西独立リーグの堺で監督を務めている。NPB球団を目指す若手選手たちに寄り添う「松坂世代」の若き指導者にとって、ソフトバンクでの3軍生活での“体験”は、かけがえのない財産になっている。

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