競技復帰の元withBコージ アメフト始めたきっかけ「謎の部活」の存在

西日本スポーツ 西口 憲一

 「ブルゾンちえみ with B」の元メンバーで、アメリカンフットボール日本社会人Xリーグの「みらいふ福岡SUNS(サンズ)」に今春入団したタレントのコージ・トクダ(32)が、10年のブランクを経てアメフト選手に復帰した現在の心境を語った。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、Xリーグの春季公式戦が中止となり、チームの活動も休止中ながら、尽きない“アメフト愛”とともに新天地へ思いをはせた。(聞き手・構成=西口憲一)

【全4回の1】

-高校でアメフトを始める前は野球少年だった

 小学4年ぐらいから軟式の少年野球チームに入っていました。友達がいっぱい入っているようなところ。中学は部活で同級生が23人いて、結構なレギュラー争いだったんですよ。ポジションは適当、全然うまくないんで。外野に回されたり、一塁をやったりとか。野球は難しかった。ほんとセンスがなかった。

-大阪出身だと、やっぱり阪神ファン?

 いや、そうでもなかったですね。当時は巨人でした。将来はプロ野球選手になりたい、と思ったこともなかったんですよ。小学校の段階で野球のセンスがない、と自分で諦めていました。

-大阪学芸高でアメフトと出合った

 僕、ずっとギター部に入ろうと思っていて。心機一転、文化系の方にいこうと思っていたんです。大阪学芸高に、円になってクラシックギターをひいている部活があると聞いて。今までスポーツをやっていたけど、そっちでいくのもありかなと。放課後に活動している、どっかの教室でやっている、と聞いていたので、いろんな教室をのぞいて…。でも、どこを探してもやっていなかった。うわさはあったけど、探しにいったときは一切見つからず(笑)。

-幻の部活だったのかもしれない

 そういう日が入学して1カ月ぐらい続きました。「ああ、今日も見つからなかったなあ」と帰宅しようとしたら、アメフト部のでかい人に勧誘されて…。「ちょっとキャッチボールだけやっていこうよ」と。当時で身長179センチ、体重70キロぐらい。線は細かったけど、高校生にしてはバランスは良かったと思います。帰るたびに誘われて、キャッチボールばかりやっていました。まだヘルメットも防具もつけずに。あれは(正式に)入部してからつけるんですね。

-最初はそこまで熱意がなかった

「相撲とか腕相撲とか、めちゃくちゃ強くなるよ」と言われたのがきっかけです。「よし! アメフトやろう!」という気持ちは全然なかったですね。でも、力比べは好きだったんです。腕相撲とか、休み時間にみんなで相撲を取っていました。

 当時の部員は各学年10人ぐらいかな。トータルで30人。(アメフトは攻守それぞれ11人ずつなので)ほぼみんなが(攻守兼任の)リャンメン(両面)です。ディフェンスだとディフェンスエンド(DE)とディフェンスタックル(DT)をやって、オフェンスではオフェンスタックル(OT)。ずっと(最前列でプレーする)ラインですね。3年生のときはタイトエンド(TE)もやりました。

 人数が少なかったなあ、出ずっぱりでしんどかったなあ。(攻守以外の)キッキングも出ていたので、ベンチに戻るのはハーフタイムと試合終了の時だけ。最高成績は僕らが3年生の時の府大会ベスト4だったかな。

(つづく)

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