ヤクルト村上のルーツ 1年生4番で甲子園、場外弾…それでも脚光浴びなかった怪物の高校時代

西日本スポーツ 前田 泰子

 新型コロナウイルス感染拡大の影響でスポーツ界は大会の中止、延期が相次いでいる。プロもアマもほとんどの活動が止まってしまった中、西日本スポーツは紙面を通じて球音を届けるため、プロ野球選手が球児だったころを振り返る「高校野球メモリーズ」を企画した。トップバッターはヤクルトの若き主砲、村上宗隆内野手。火の国生まれの20歳はあのころから怪物だった。 (随時掲載)

 19歳にしてチーム唯一の143試合出場、36本塁打、96打点を挙げ昨年の新人王に輝いたヤクルトの村上。九州学院(熊本)では入学直後から4番に座り夏の大会の初打席で公式戦初アーチの満塁本塁打を放った。高校通算52本塁打。藤崎台球場(当時)で場外弾を放つなど飛び抜けた飛距離とパワーで高校時代から怪物ぶりを発揮していた村上だが、意外にも全国的に脚光を浴びることはなかった。

 1年生ながら4番で出場した2015年夏の甲子園。注目を集めたのは村上ではなく早実(東京)で同学年の清宮幸太郎(日本ハム)だった。村上が4打数無安打で初戦敗退に終わったのに対し、清宮は2本塁打を放ちチームの4強進出に貢献した。

 同年秋からは同じ熊本で鍛治舎巧監督(現県岐阜商監督)が率いる秀岳館が立ちはだかる。村上は公式戦で秀岳館に一度も勝てなかった。2年夏に続き、最後の夏も決勝で秀岳館に敗れた村上は「自分の力不足です」と悔し涙を浮かべた。「もう一度、甲子園に行って活躍したい」という夢はかなわなかった。

 清宮に7球団が1位競合した17年秋のドラフト会議。村上には外れ1位ながら3球団が競合しヤクルトに入団した。清宮の陰で悔しい思いを味わってきた高校時代の経験がプロでの開花につながったのではないか。19年の目覚ましい活躍を見て、黙々とバットを振っていた高校時代の姿を思い出した。 (前田泰子)

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