ソフトバンク今宮の出発点「分かってても打てなかった」甲子園で喫した完敗

西日本スポーツ

 プロ野球の開幕が見えない今だからこそ、ソフトバンクナインの歴史を振り返ってみませんか。選手たちにとっての節目を西スポの所蔵写真や紙面で振り返る新企画「ヒーローズヒストリー」をお届けします。それぞれが歩んできた道のりに目を向けることで改めて気付かされる魅力があります。第1回は今宮健太内野手(28)。甲子園で活躍した大分・明豊高時代も含め足跡をたどります。

 2009・3・29【明豊高3年】選抜大会2回戦で顔を合わせたライバル、岩手・花巻東高の左腕菊池(西武-米マリナーズ)に封じられた。徹底した内角攻めに苦しみ、内角低め138キロで一ゴロに倒れた5回の打席では右手親指の付け根も痛めた。プロ注目同士の対決は完敗に終わり「(内角球を)分かっていても打てなかった。気持ちで負けた。あれだけ抑えられたのは初めて」。雪辱を誓う男には、夏に再戦の機会が訪れる。

 09・8・21【明豊高3年】全国選手権準々決勝。春の甲子園で敗れ「もう一度戦うためにここまで来た」と語っていた菊池との再戦は高校野球ファンの記憶に刻まれる一戦となった。先発してKOされるも、同点の9回1死三塁で再登板。この大会の最速タイで菊池に並ぶ154キロをたたき出して危機を脱した。延長10回に力尽きた右腕は「171センチの体でもこんなに投げられると示せた」。無限の可能性を見せ、次のステージに踏み出していった。

 09・10・29【ドラフト会議】大分県内では会議の地上波中継がなく中継車のモニターを凝視していた中で、ソフトバンクが単独1位で指名。憧れ続けた地元球団のユニホームに袖を通すことになった。「(ソフトバンクの1位指名は)菊池君かも、と思っていた。自分の名前を見て、ゾクッと鳥肌が立ちました。地元の九州で活躍したかった。小さい体で申し訳ないけど、小さな巨人と呼ばれるようになりたい」と意気込んだ。

 12・4・30【プロ3年目】ようやくともった「H」マークだった。ロッテ戦の5回1死満塁。藤岡が投じた高めの142キロ直球を振り切ると力強い打球が三遊間を抜けていった。プロ3年、通算11打席目での初安打。大きな期待を背負いながらも打撃で苦しんでいただけに「もっと早く打ちたかった思いはある」と吐露した。前年8月、明豊高で指導を受けた大悟法久志・元監督が64歳で死去。師への恩返しも果たした瞬間だった。

 13・11・7【プロ4年目】遊撃手部門でゴールデングラブ賞を初受賞。侍ジャパンに初選出され、小久保監督の下で台湾に遠征しているところへ吉報が届いた。「入団以来目標としていた賞を、まさかこんなに早くいただけるとは思わなかった。指導していただいたコーチの方々に感謝したい」。この年はレギュラーに定着し143試合に出場。パ・リーグ記録のシーズン62犠打をマークするなど大きな飛躍を遂げる年となった。

 16・9・23【プロ7年目】高校卒業後、西武入りした菊池とはプロでも熱戦を繰り広げてきた。初めてシーズン2桁本塁打を達成した時の相手投手もその菊池だ。3回2死一塁、甘い直球を振り抜き10号2ラン。このころソフトバンクと日本ハムの激しい優勝争いは最終盤に入り、日本ハムにマジック6が点灯中。後がない状況だったが、ライバル左腕から初めて放った一撃で「残り試合を全部勝つつもりで戦う」と重苦しいムードを吹き飛ばした。なお、翌年もシーズン10号を菊池から放つことになる。

 17・10・29【プロ8年目】頂上決戦の流れを「神の手」で引き寄せた。DeNAとの日本シリーズ第2戦、2点を追う7回。1点差に迫り、なお2死満塁で中村晃が右前打を放った。まず1人かえり同点、続いて二走の今宮も一気に本塁を狙う。タッチにいった捕手戸柱とヘッドスライディングした今宮の交錯プレー。一度はアウトと判定されたが、6分以上のリプレー検証で覆りこれが決勝点となった。「負けていたら多分(シリーズは)勝てなかった」。後に自身もそう振り返る日本一への分岐点だった。

 19・10・13【プロ10年目】記録ずくめの猛打だった。3連勝で迎えた西武とのクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージ第4戦。CS初の1試合3本塁打、さらにポストシーズン初の1試合5安打と大爆発した。リーグ連覇を許した西武に4連勝で日本シリーズへ進出する原動力となりMVPにも選出。背番号6に変更したこの年は負傷にも苦しんだが「レギュラーシーズンの悔しい気持ちをぶつけることだけを考えていた」と気合をみなぎらせ、そのまま3年連続の日本一へ突っ走った。

今宮アラカルト

 ◆初出場 11年4月12日=オリックス戦(京セラドーム大阪)延長12回、一塁の守備で

 ◆初安打 12年4月30日=ロッテ戦(QVCマリン)5回、藤岡から

 ◆初本塁打 12年8月4日=西武戦(ヤフードーム)7回、松永から

 ◆初打点 12年4月30日=ロッテ戦(QVCマリン)5回、藤岡から

 ◆初盗塁 11年6月24日=日本ハム戦(ヤフードーム)7回、二盗

 ◆ゴールデングラブ賞 13~17年(全て遊撃手)

 ◆ベストナイン 14、17年(全て遊撃手)

 ◆シーズン最多犠打62 13、14年。いずれもリーグ記録

 ◆通算200犠打 16年6月2日=中日戦(ヤフオクドーム)2回、バルデスから

 ◆通算250犠打 17年7月5日=オリックス戦(ヤフオクドーム)1回、金子から。プロ野球19人目。25歳11カ月の史上最年少で達成

※球場名などは当時

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