ソフトバンク“不運のヒーロー”が導いた令和1勝/復刻

西日本スポーツ

 ◆日めくりソフトバンク 誕生15周年

 ソフトバンク球団は今年15周年。球団がソフトバンクとなった2005年からの出来事を、過去の西日本スポーツ掲載記事で振り返ります。

 2019年5月2日の出来事は…。

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 お立ち台で、無数のフラッシュを浴びながら涙にくれた。育成ドラフト出身で、この年初めて開幕ローテーション入りを果たしていた、2年目の左腕大竹だった。「あまり周りには見せていなかったけど、僕だけ勝っていなかったので…。焦りは、正直ありました」。苦しんでつかんだ、この年の初勝利をかみしめた。

 開幕から好投を続けていたが、援護に恵まれない。試合前時点の4試合で30回1/3を投げ、防御率0・89ながらも0勝1敗。ここまでの援護点はわずか2点だった。5試合目となった楽天戦も初回の今宮の適時打による1点のみ。それにめげることなく自身の仕事を全うした。7回無失点。平成生まれの6人で組まれた開幕ローテの中で一番遅い白星だった。

 遅れたシーズン1勝目は、一方で“最も早い”ものでもある。チームにとって元号が令和に改元されて迎えた初戦、5月1日の楽天戦(当時ヤフオクドーム)は0-9で大敗。大竹は平成時代に最多7度の日本一に輝いた常勝軍団の新たな一歩の原動力となり、自身もチームの勝利投手第1号となった。

 新元号が発表された19年4月1日。大竹はカレンダーを眺めながら「最初の白星なら記念ですよね」と意欲を示していた。当時のローテ通りなら令和初日となる5月1日が登板日となるはずだったからだ。チーム事情で2日の登板となり残念がっていたが、結果的には狙い通りに。18年に育成ドラフト出身で史上初の「初登板初先発初勝利」を挙げるなど、印象的な白星をつかんだ左腕。持って生まれた運が引き寄せるかのように節目の勝利を手にした一戦でもあった。

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