ソフトバンク内川「残念な男」が2000安打を達成した瞬間 球音消えて振り返る苦悩の日々

西日本スポーツ 鎌田 真一郎

 福岡ソフトバンクの内川聖一内野手(37)が、「あと1本」からもがいた生みの苦しみの末にたどり着いた通算2000本目の安打を振り返った。史上51人目の金字塔を打ち立てたのは、2年前の2018年5月9日西武戦(メットライフドーム)。1800試合目での達成は、右打者では歴代3位の偉業ながら、王手をかけてから15打席を要した。背番号1が注目を独り占めしていた狂騒の日々を「日めくりソフトバンク」特別版としてお届けする。

■右打者3位のスピード

 野球人生で最も濃密な時間だったのかもしれない。「つい、この間のような気がする。あの辺の記憶は、はっきりしている。これだけ1本のヒットに思い入れがあるのは、初安打と2000本目ぐらいかな」。2年前の光景が、ありありとよみがえる。視線を独り占めしながら名球会の資格を得た内川は「あれを味わえる人は数少ないわけだから。今、思えばいい時間だった」と振り返る。

 2018年5月9日の西武戦(メットライフドーム)。8回1死、武隈のチェンジアップをセンター前に運んだ。打球が弾むと、ベンチに向けて満面の笑みで右手を突き上げ一塁ベースまで駆けた。打点が付いたわけでもない、でも特別な単打。あふれんばかりの感情を爆発させた。

 もがき、苦しんだからこそ、その感情は増幅した。右打者として球史でもまれに見るペースで安打を量産してきた巧打者でも、メモリアルデーが近づくにつれ重圧がのしかかった。練習中から絶えずレンズを向けられ、試合後は大群となった記者に囲まれる。カウントダウンが進むほどに増していく注目度。「自分が自分じゃないようだった」。内川の周りだけは異空間が形成されていた。

 「その時は分からなかったけど、後になって精神的に追い詰められていたんだと思った。目の前のボールを打つ前に、打球が飛んでいった絵の方が先に頭の中に浮かんでいたから」

 苦い記憶として今も脳裏に刻み付いているのが、ゴールデンウイーク最終日だった同6日のオリックス戦(当時ヤフオクドーム)。3点を追う9回裏。2死から前の打者3人が出塁し、満塁で打席が回った。節目の1本を出すには最高の場面。「あの場にいるみんながチャンスをつくってくれて『これで打たなきゃ失礼』と思った。あれが、けちょんけちょんの当たりならまだ割り切れたかもしれないけど…」

 増井の外角高め153キロを捉えると、鋭いライナーが右翼を襲った。同時に大歓声が湧く。だが、右翼手のグラブに打球が収まると歓声は瞬時に、ため息へと変わった。試合に敗れ、本拠での偉業達成もお預けに。「つくづく、残念な男だと思います。4番として、試合を終わらせる残念な男」。試合後、引き連れていた群衆にはっきり届く口ぶりで、ふがいなさをあらわにした。

■9回サヨナラ機に凡退

 「僕も人間だから、2000本目はホームのユニホームを着て、ドームで打ちたいと思っていた。あの時は4番を打っていたし、極端に言うと、あそこで打てなくて2000安打の価値が減ったと思った」

 次の試合だった同8日、西武戦(大宮)は雨で地面がぬかるむ中で行われた。0-0の8回無死一、三塁で、内川が引っ張った打球を三塁手の外崎が捕球後、送球動作に入ったところで落球した。結果は失策になったが「もう、あれでも『ヒットになってくれ』と思った」。望んでいた節目とは百八十度違う形であっても「H」のランプを欲していた。

 結局、あと1本としてから要したのは15打席。2000安打に到達した52人の中で1990年大島(日本ハム)と並ぶ難産だった。金字塔を打ち立てると吹っ切れたかのように、本拠に戻った同11日の日本ハム戦で2001安打目を右中間テラス席にたたき込んだ。温かく迎えてくれたファンへの「みそぎのアーチ」になった。

 時には避けたくなるほどの視線を一身に浴びていた時に、2年後の状況を想像できるはずもない。まさかシーズンが開幕していないとは-。「今だからこそ、改めて思う。自分に何かを期待して見てもらえることが、プロ野球選手としての醍醐味(だいごみ)」。その快感を知るヒットメーカーは、2年前の夜、所沢に降り注いだ歓声を呼び覚ましていた。 (鎌田真一郎)

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