ムネリン現役復帰のきっかけ イチロー氏の褒め言葉

西日本スポーツ 森 淳

 元福岡ソフトバンク川崎宗則内野手(38)の特別コラム、第2回は現役復帰の過程を回顧する。米球界から2017年4月にソフトバンク復帰し、自律神経の病気で18年3月に退団。一度は一線を退きながら、19年7月に台湾プロ野球で復帰した。後押ししたのはダルビッシュ(米大リーグ・カブス)や尊敬するイチロー氏(同マリナーズ・球団会長付特別補佐兼インストラクター)、恩師のソフトバンク王会長らとの会話。病気との向き合い方や、新型コロナウイルス感染拡大の影響で活躍の場が失われてしまう若い世代への思いもつづった。(聞き手・構成=森 淳)

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 コロナ疲れという言葉があるけど、自律神経の調子を崩してしまう人もいるって聞く。気持ちは分かる。俺から一つだけ言えるのは、治そうとしないように。置いておくという感じかな。

 当時、眠れないことが多くて。(ダルビッシュ)有君から睡眠の本、たくさん送ってもらったね。それから「塩がいいから」って大量の塩も。頭からかぶってね、日本酒と一緒に体を清めたりもした。それから「マインドフルネス」って瞑想(めいそう)みたいなものなんだけど、脳みそを休める方法も教わってね。

 今もマインドフルネスは1日1回どこかに入れてる。10分でも5分でも、目をつぶって、何も考えない。イラッとしてるときはいろんな考えが出てくるけどね。目をつぶらなくても夜、歩きながらだってできるよ。歩いてる自分の姿を、遠ーくから見る感じかな。

 サプリやトレーニングのことも有君に教わった。そのうち、どうやったら守備範囲が広くなるかね?って聞いたりして。俺が一番知ってなきゃいけないことをね(笑)。でも何か、そういうことも聞けるようになった。野球の考え方、プレーの仕方、ルール。ちょっと離れることで、いろんな角度で見られるようになった。見ようって思うようになった。

 野球を見るのは楽しいもんだ、ちょっと野球のことを考えるぐらいでいいかなと。このままいければなと思ってた中で、神戸に行ってイチローさんと練習させてもらう機会があった。

 「もう一緒に練習できないと思ってたよ、ムネ」って喜んでくれた。練習したら「全然いいやないか」って褒められた。それがちょっとうれしくてね。センパイ(イチロー氏)に褒められることなんかないから、ちょっと調子に乗ってしまったんだよね(笑)。それがきっかけでまた、試合に出たくなってきた。

 センパイもすごく気にかけてくださってた。「ムネがこうやって野球と向き合うことがうれしい」って言ってくれた。「すんません、ご心配おかけして」ってキャッチボールして、一緒にバッティングして…やっぱりもう一回、やりたくなるよね。これはセンパイの魔力で。あの人と野球をやると、ほんと、野球が楽しくなるんだよね。思い出すんだ、ガキの頃。純粋に野球が好きだったあの頃を。

 そのうちホークスで通訳をやってた赤井(剛史)さんが、台湾のこととか教えてくれてね。昔、陽耀勲(ヤン・ヤオシュン)の通訳として寮でも一緒に生活してた。彼に助けられて、去年は台湾の野球に4カ月触れることができた。ホークスを離れた後、自分で事業を頑張ってる中で、仕事を引き受けてくれた。

 ホークスには最後、迷惑をかけたけど、病気のこともすごく理解してくれて、おかげで元気になった。あの時、いろいろ考えて自由契約にしてくれたと思う。だからまた台湾で野球をやれている。感謝してるし、一番のファンだよ、今は。

 王(会長)さんに台湾へ行くことを相談したら「おー、いいじゃないか。頑張ってこい」と。「僕は40歳で辞めたけど、まだまだやれば良かったなって後悔もあった」って…それもすごく励みになった。ホークスのメンバーも「頑張ってきてください」って言ってくれて、うれしかった。

 体調は、今はもう何事もないってわけじゃない。でもそういう自分を知ることができた。良くはないけど、そういうもの。受け入れる、闘わないってこと。

 (ソフトバンクの後輩・中村)晃にも同じようなことがあって、相談されたとき「治そうとしないことだよ」って話したことは覚えてる。治らないから悪いんじゃなくて、それでいい。それも自分。そういう自分の一面を見られる。繰り返しになるけど、置いておくっていう表現かな。そこに置いておけばいい。

 俺は、このコロナのこともどこか似てると思う。闘おうとすると、いつまでたっても向き合えない。ちゃんと知って、把握することが大事じゃないかな。コロナがずっと消えないことだってあるわけじゃん。

 スポーツでも何でもそうだけど、やってきてた子たちは、こんなタイミングで…って思うかもしれない。ほんと、理不尽だよ。3年間、一生懸命努力して、集大成を迎えられない、見せられない。最悪なことかもしれないけど、競技自体をやめてほしくない。競技まで嫌いになって、やーめた…ってなるのは悲しいよ。

 みんなの気持ち、全部は分からない。これからどうなるか分からない不安もあると思う。でも、「好き」をやめる必要はない。今の状況ではできなくても、どこかでやれる。きっとどこでも、いつでも、できるよ。

 そして、今までできたことができない間、何ができるかも考えなきゃいけない。どうやったら人助けになるのか、自分も喜ぶのか。それを見つめ直す時間でもあると思う。(随時公開)

 ◆川崎宗則(かわさき・むねのり)1981年6月3日生まれ。鹿児島県姶良市出身。鹿児島工高からドラフト4位で2000年にダイエー入団。遊撃の定位置をつかんだ04年に盗塁王、最多安打。ベストナイン、ゴールデングラブ賞各2度。06、09年WBC、08年北京五輪で日本代表。11年オフに海外FA権を行使しマリナーズに移籍。ブルージェイズ、カブスを経て17年にソフトバンクで日本球界に復帰。18年3月に自律神経の病気を公表し退団。昨年、台湾・味全に入団しコーチ兼任で現役復帰。180センチ、75キロ。右投げ左打ち。

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