ソフトバンク和田、球児思い沈痛 母校で高校野球の監督務める弟に託した夢

西日本スポーツ 鎌田 真一郎

 福岡ソフトバンクの和田毅投手(39)が17日、新型コロナウイルス感染拡大の影響で第102回全国高校野球選手権大会の中止が検討されていることについて沈痛な思いを語った。著書のオンライン読書会に参加。浜田高3年夏の80回大会で8強入りしてその後の野球人生の道を切り開き、母校では実弟が指揮を執っているだけに、やるせなさはひとしお。「なんとか、甲子園で戦わせてあげられないか」と聖地でプレーすることを夢見てきた球児をおもんぱかった。

 コロナ禍で球音が響かない間も、和田は会員制交流サイト(SNS)などを通じグラウンド内外の話を発信し続け、ファンを元気づけてきた。今年2月に出版した「だから僕は練習する」のオンライン読書会に参加した17日、話の中で「甲子園」というフレーズが出てくると、灼熱(しゃくねつ)のマウンドで刻まれた鮮明な記憶がよみがえり、悲痛な思いに駆られた。

 「甲子園が中止になるかもしれないということで…。本当にがっかりというか、なんと声を掛けていいか分からない。なんとかして、甲子園で戦わせてあげられないかな、と思っています」。正式には20日の運営委員会での決定になる。全国高校総体の中止は既に決まっており、開催するのは現実的に厳しい状況であることは、和田も重々理解する。それでも、口調は熱を帯びた。

 エース松坂(西武)を擁した横浜高が春夏連覇を達成した80回大会で唯一、公立高を8強入りに導いた。3年夏の甲子園で活躍したことから早大進学、プロ入りという道が開けた左腕。甲子園出場を目指して情熱を傾け、聖地に立ったチームメートとの絆は今も貴重な財産になっている。

 「高校生活は甲子園に行くために2年半をささげた。仲間のおかげで甲子園に(2年夏と3年夏の)2回行くことができたけど、練習の苦しさやしんどさは、今でも話の種になる。この2年半の話が尽きることはない」。苦しさの先にある球児たちの夢舞台が消えるかもしれない状況に心を痛めている。

 まだプロ入りを意識していなかった早大1年時は「高校野球の監督で浜田高校に戻って甲子園に行くのが夢だった」という。その夢を今は、3学年下の弟誉司さんに託している。2016年に就任し、翌17年夏には島根大会で4強入りするなど春夏通算15度の甲子園出場を誇る母校が“復活”の兆しを見せているだけに思い入れも強くなる。

 甲子園の中止が決まった場合、地方大会の開催は各都道府県の高野連に委ねられる見通し。大きな目標を失った中での大会は、例年とは違った様相を呈することになりそうだ。

 39県で緊急事態宣言が解除され、プロ野球は6月中旬の開幕を目指し、ホークスの自主練習でも選手がユニホームも着用し始めた。和田もブルペン投球を再開し、調整段階を上げてきた。「好きな野球で仕事ができて幸せだし、恵まれている。だから、野球を裏切るわけにはいかない」。開幕が大幅に遅れるプロ18年目で初めての事態にも、よりよいパフォーマンスを追求する姿勢は若かりし時から変わりはない。だからこそ、真っすぐに甲子園を目指す球児の思いが身に染みる。 (鎌田真一郎)

 ◆松坂世代 1980(昭和55)年4月2日~81年4月1日生まれの学年は、高校3年の甲子園で春夏連覇した神奈川・横浜高のエース松坂を象徴とし、「松坂世代」と呼ばれる。プロ入りして活躍する選手も多く、松坂に加え、ソフトバンク・和田、阪神・藤川は米メジャーも経験。WBCや北京五輪で日本代表に選ばれた巨人の杉内2軍投手コーチ、村田2軍野手総合コーチのほか、ソフトバンクの平石打撃兼野手総合コーチも松坂世代で、大阪・PL学園高3年時に主将として春夏の甲子園に出場した。

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