ザギトワも通ったロシア「虎の穴」で修行 柔道浜田が世界屈指の寝技師と呼ばれるまで

西日本スポーツ 伊藤 瀬里加

 東京五輪の柔道女子78キロ級代表、浜田尚里(自衛隊)=鹿児島県霧島市出身=は、ロシア発祥の格闘技「サンボ」でも世界一となった異色の柔道家だ。山梨学院大4年時に始め、得意の寝技の強化につなげ、世界選手権で2018年金メダル、19年銀メダルの実績を残した。20代後半で頭角を現した遅咲きの大器のターニングポイントを大学時代の恩師、山部伸敏が振り返る。(伊藤瀬里加) (文中敬称略)

■当初「ぽかーん」

 世界屈指の「寝技師」にとって、大きな転機だった。12年秋。山梨学院大の4年生だった浜田に監督の山部がサンボへの挑戦を勧めた。

 「彼女の寝技の幅をつけさせるため。寝技が一番の得意技で、それにどうつなげるか」

 翌年のユニバーシアード大会に向け、日本サンボ連盟が柔道から選手を募集していることを伝え聞いていた。サンボはロシアで生まれ、柔道の要素を取り入れた格闘技で、寝技や関節技が中心。鹿児島南高で重点的に取り組み、得意としている浜田の強化には最適だと考えた。ただ、提案した当初、浜田は興味を示さなかったという。

 「ぽかーんとしていた。食いついてくるかなと思ったら『何ですかそれ』って顔。反応はなかった。とにかくやってみろと」

 柔道の稽古の合間にサンボの練習を重ねた。

 「足関節など柔道にない関節技もある。稽古後、サンボに出るやつだけ集めて練習した。サンボはレスリングのマットと一緒。柔道着から着替えてレスリングシューズを履いて、レスリング場でも練習した」

■ロシア“虎の穴”

 13年2月にユニバーシアードの予選大会で優勝。同年3月には約1週間、本場ロシアでの合宿にも参加した。拠点は平昌冬季五輪フィギュアスケート女子シングル金メダリストのアリーナ・ザギトワらが通うスポーツ選手養成学校「サンボ70」(モスクワ)。ロシアスポーツの“虎の穴”だ。

 サンボ70では柔道着を着て練習する選手もおり、ルールは柔道とサンボを交ぜ合わせたもの。独特の環境で柔道につながる技術を培い、現地の大会にも出場した。サンボは柔道以上に技と技のつなぎが重要で、浜田自身も「立ち技から寝技につなげる動きがスムーズになった」と語るが、山部はもう一つ、効果があったと実感する。

 「(柔道で禁止の)足関節を取る技もあり、柔道の選手がやると怖い。異種格闘技の感覚で度胸試しにつながる。それに、世界選手権に柔道で出るのは至難の業。すごい経験になる。心理的な強化にもなる」

 サンボで14年世界選手権を制した後、18年は柔道で同選手権に初出場して金メダル。勧めた山部も、ここまでの躍進は想像できなかった。同学年に12年ロンドン五輪代表の緒方亜香里がおり、ライバルも多かった。

 「目標は学生チャンピオン。緒方がいたし、他の選手には勝ったり負けたりしていた。力を冷静に考えたら、緒方の2番手。安定感がなかった」

 ただ、浜田はすさまじい闘争本能を持ち合わせていた。

 「格闘意識がものすごく高い。スイッチが入ると目の色が変わる。『一秒でも早く相手をたたきつぶす』というか…。あれは持って生まれた本能でしょうね」

 大学では同級生でリオデジャネイロ五輪78キロ超級銅メダルの山部佳苗(ミキハウス)らと激しい稽古を重ねた。関節技も遠慮がなく、後輩たちには恐れられた。

 「体重とか何とか関係ない。後輩はびびり上がって泣いていた。柔道はあいつの中では勝負。『私は五輪選手になりたい』という思いもあったのだろうけど、練習の中では絶対に相手を倒すとしか思っていないと思う。徐々に力をつけ、経験値が上がり、試合でも出てくるようになった」

■コツコツ遅咲き

 卒業後、サンボ経験や自衛隊での鍛錬を通して心技体が洗練され、29歳で東京五輪の代表に内定。山部は五輪代表となった2人の教え子を次のように比較した。

 「山部佳苗は太陽で、浜田尚里は月。目立つのは山部だった。浜田は力はあるけど、結果がない。亀のようにコツコツやって、一昨年に世界チャンピオンとなって五輪へ行くことになった」

 2月末に代表に決まった後、東京五輪は新型コロナウイルスの感染拡大の影響で1年延期となった。全日本柔道連盟は先月、代表の内定維持を発表したが、1年の延期は年齢を考えると厳しい状況にも思える。それでも山部は悲観していない。

 「まだまだ課題がある。準備する時間ができたと思う」

 恩師の目は、格闘家・浜田尚里の完成形はまだ先とみている。

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