野球でもがき続けた杉内俊哉「楽しいなんて思ったこと一度もない」ダルに投げ勝ち涙を流すまでの苦悩

西日本スポーツ 森 淳

【鷹番は見た】

 プロ野球開幕を待つ中、弱小軍団と呼ばれた時代からひたすらホークスを追い続けてきた西日本スポーツならではのコラム「鷹番は見た」を企画した。歴代担当記者があの日、あの試合、あの出来事を振り返る。(文中敬称略)

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 プロ野球開幕の日が近づいた。予断は許されないが、勝敗に一喜一憂する日々が戻ってくる。歓喜と落胆。幾多のドラマがあった。崖っぷちからの大どんでん返し。2010年のソフトバンクはそうだった。

 秋山監督2年目の初優勝だった。前任の王監督時代、04、05年はレギュラーシーズン1位ながらプレーオフ(PO)突破ならず、当時の規定で2位扱いに甘んじた。浮かんでは消える優勝の2文字は宿願だった。

 優勝マジック(M)を1とした9月25日、札幌の夜。ヒーローインタビューの最中、杉内俊哉は感極まった。

 いくつか前段がある。

 さかのぼること約2週間。チームは敵地ロッテ戦に臨んでいた。千葉は雨。マリンの敷地内に今の室内練習場ができる前だ。グラウンドで練習できない時、車で10分ほど離れた室内練習場を借りるのが常だった。

■普段の倍97球

 先発を2日後に控えたブルペン。杉内の投球練習が終わらない。とうとう97球も投げてしまった。普段の球数は当時の背番号47あたり。およそ倍だ。疲労もピークの9月である。コメントは「今日は納得いくまで投げたろうと思ってた」。古いノートの走り書きに仰々しく二重下線があった。

 そこまで既に15勝を挙げながら、直近3試合で0勝2敗。チームは西武に首位を奪われ、優勝マジック点灯を許して離されかけていた。ホームに迎えて最後の直接対決3連戦、初戦の先発が杉内。投げ合うのはエース涌井(現楽天)だ。

 ロッテ戦は雨天決行。西武にお付き合いで敗れ、西武はM4となった。内容の乏しい零敗。急きょ杉内の97球が1面に回る。状況が状況とは言え「試合をやっている日に先発調整の投球練習で1面」というのは、ちょっと覚えがない。

 残り6試合で3・5ゲーム差。迎えた西武戦、チームは初戦に勝ったが、杉内は6回4失点で勝敗がつかなかった。試合後。4戦未勝利となった左腕は、普段は行かない資料室に足を運んでいる。映像を見てフォームを考え込んでいては、打者と勝負できなくなる。そんなポリシーも、この時ばかりは構わなかった。

 当時のことを聞き返すと、本人はまるで人ごとのように笑う。「珍しいね。ブルペンでそんなに投げたり、映像見たり。もがいとったんやろうね」。無我夢中だったのだろうし、無理もないほどジェットコースターのような日々だった。

 風向きが変わった。西武に3タテを食らわせ、一気に0・5差。続くロッテ戦に勝ち、西武が敗れてマジックが移動。パでは21年ぶりのことだった。残り2試合、M2で札幌に乗り込む。だが3位日本ハムも、クライマックスシリーズ(CS)争いでモチベーションは高い。さらに、杉内が次に投げ合う相手はダルビッシュ(現カブス)だった。

 試合直前のトレーナー室。杉内と小久保裕紀がいた。テレビではデーゲームの楽天-西武戦。「楽天、勝ったらいいな…」。杉内の淡い期待もむなしく、西武は逆転勝ち。「小久保さんといろいろ話してたけど、西武が勝った瞬間に会話がなくなって、シーンとなってね(笑)」。これで負けた瞬間、マジックは再び西武に移動することになった。

■呪縛を断った

 白熱の投手戦。7回に川崎宗則の適時打で1点をもぎ取った。9回裏。杉内は先頭の森本稀哲に安打を許す。打席に稲葉篤紀。ファンのジャンプがスタンドを揺らした。稲葉は初球からセーフティー気味にバントの構え。「送ってくるのか」。2ボール1ストライク。「いや、待てよ…」。ふと杉内は思いとどまる。

 「よぎったんやろうね。2005年、福浦(和也=ロッテ)さんに…。安易に真っすぐで送りバントをさせにいって、打たれた」

 その年のPO第2ステージ初戦。先発した杉内は同点の8回無死一塁、バントの構えの福浦に奇襲を許した。バスターエンドランの二塁打で一、三塁とされ降板。後続が打たれ、黒星がついた。チームは最終第5戦までもつれた末、ロッテの勢いに屈している。

 稲葉への4球目。それまでのストレートからスライダーに切り替えた。稲葉は-打ってきた。タイミングを外し、右飛。恐らくは真っすぐ一本待ちだった。

 稲葉と言えば、06年のPOで斉藤和巳にサヨナラ打を浴びせた男でもある。歴史の影が交錯した最終回。最後は1死一、二塁から糸井嘉男(現阪神)を二ゴロ併殺打に仕留め、杉内は1-0完封を完成させる。

 「野球に関係あることだけ喜怒哀楽というか、感情が出るね。日常生活で泣くことがない。映画? 泣かないよ。作られた物じゃん」。それが杉内のリアリズム。この試合に限らず「楽しいなんて思ったこと一度もない。高校でも社会人でも、プロでも」と言う。衆目にさらされ、己を問われる、緊迫の連続だった。

 巨人の18番を背負って現役を終え、今はファームの若い芽を預かる。杉内流では「楽しめ」という言葉のチョイスはしない。「それは結果を残した1軍バリバリの選手だけ。そう教える人もいるかもしれんけど、楽しめるなんて、ごくまれだと思う。ほとんどが苦しいはず。もがいたからね、俺は。考えたよね。だから結果が残せたと思う」。試行錯誤の上にある通算142勝77敗。手に汗握る勝負に触れてほしいから、リアリストに徹している。 (森 淳)

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