40歳遠藤保仁が再開初戦でJ新記録へ 原点は「鹿実地獄の夏合宿」

西日本スポーツ 末継 智章

■本紙単独インタビュー

 J1G大阪の元日本代表MF遠藤保仁(40)=鹿児島市出身=が本紙の単独取材に応じ、J1が再開する7月4日のホームC大阪戦で単独トップに立つ期待がかかるJ1通算最多出場記録への思いを語った。現役を長く続けるこつとして、不測の事態でも動じない“鈍感力”や意外な部位のトレーニングを推奨。高校まで過ごした鹿児島での走り込みも現役を長年続けられる理由に挙げた。 (末継智章)

 2月23日の開幕戦、アウェー横浜M戦で、楢崎正剛(名古屋など)と並ぶJ1歴代最多の631試合出場を果たしてから約4カ月。長い中断期間を経て新記録が懸かる一戦はリモートマッチ(無観客試合)になるが、不惑の遠藤は穏やかに歴史的な瞬間を待っている。

 「お客さんが入ってくれれば雰囲気は変わるけど、健康面が第一なのであまり気にしない。ただ、再開初戦で記録を達成するなら、今まで積み上げてきたものなので非常にうれしく思う」

 Jリーグでは30歳を境に出場機会が減る傾向がある中で、32歳の2012年以降昨年までの8年間で5度も全試合出場を達成。11年ぶりに年間出場が30試合に届かなかった昨年も全試合ベンチ入りした。

 「試合に出続ければコンディションは大して落ちないし、出られなくても練習で(試合を)意識すれば落ちない。けがでフィールドを離れることがほぼなかったのが良かった」

 中盤の要を担うため、実際には試合中の接触による打撲が多い。それでも痛みに強いのは日々のストレッチや筋力トレーニングもあるが「鈍感力」のたまものだという。

 「普通なら健康が一番だけど、サッカー選手は何かしら多少の痛みを抱えている方が圧倒的に多いので(痛みがあるのは)当たり前だと思えばいい。フィールドに立つ以上はどういうことでも言い訳は通用しない。性格上、あまり物事を深く考えないのが一番大きいと思う」

 06年秋にはウイルス性肝炎を発症し、約2カ月間離脱。G大阪に移籍した01年以降で最少の25試合出場にとどまったが、入院中も冷静だった。

 「ずっと基本的に病院にいたので、しんどいだけでサッカーのことはあまり考えていない。筋力が落ちていたけど焦りはなく、治してから仲間と一緒に練習するまでの2週間でうまく調整できればいいと思った」

 高校まで過ごした地元鹿児島で鍛錬した日々にも感謝する。小さいころから実家近くの鹿児島湾(錦江湾)を泳ぎ、所属するチームでは走り込みが多かった。当時全国屈指の強豪だった鹿児島実高では、朝、昼、夕の3部練習を行う地獄の夏合宿が待っていた。

 「朝から走らされ、昼と夕も練習したので単純に運動量が多くきつかった。基礎体力が高まったし、きつい練習を乗り越えることで精神面も鍛えられた。記録更新につながっているんじゃないかと思う」

 上空から俯瞰(ふかん)するような広い視野と瞬時の判断力が持ち味。35歳を過ぎてからは反射神経や動体視力が落ちてきたと意識した。補うために筋力トレーニングのほかに動体視力を鍛える目のトレーニングにも取り組んでいる。

 「落ちる速度を遅らせるためにグラウンド以外の部分(のトレーニング)も充実させないといけない。目のトレーニングは遊びでやっているだけだけど、野球選手はよくやっていてサッカーでも重要。本格的にやるチームが増えれば面白い」

■「チームのために」

 コロナ禍の影響で外出自粛が続いた間もストレッチや体幹トレーニングなどの鍛錬を地道に続けた。

 「当初はいつ再開するか分からなかったので、まずはゆっくり休んでから少しずつ体を動かした。再開日程が決まってからは逆算するだけ。まだ100パーセントではないけど、再開初戦には良い状態で臨めるのでは」

 プロ1年目から昨年まで22年続けてきた連続得点記録は歴代最長。出場記録のさらなる更新にも期待がかかる。それでも自然体だ。

 「意識する記録はあまりない。チームのためにいるので、勝つために自分ができることをしていきたい。自分の気持ちとコンディションが整えられるなら長くやりたいし、それが不可能になれば別の道を探るかもしれない」

 ただ、引退後の第二の人生はまだ頭に描いていない。

 「現役の時は現役のことを考えたい。この先、心境が変わるかもしれないので。鹿児島には地元に恩返しじゃないけど、何か手伝うことがあれば率先してやっていきたい」

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