思い出の川が変わり果て…鮮烈弾のソフトバンク九鬼 豪雨襲った第2の故郷に伝えたい思い

西日本スポーツ 鎌田 真一郎

〈鷹番が見た〉

 ◆日本ハム5-3ソフトバンク(5日、札幌ドーム)

 1軍昇格が決まった九鬼が札幌入りして一夜明けた4日、目を覚ましてつけたテレビに映し出される惨状に目を疑ったという。3年間過ごした熊本県が「数十年に1度」の豪雨に見舞われていた。母校・秀岳館高(八代市)の近くを流れる球磨川は見慣れた姿ではない。あふれ出した濁流は大きな被害をもたらした。

 「よく通っていた球磨川があんなことになって、悲しい気持ちになる。熊本はいろんなことがあって大変。このタイミングでスタメンなので、少しでもいいところを見せたい」

 試合前にそう語っていたプロ4年目の初スタメンが、熊本が天災に見舞われている時に重なったのも何かの縁なのだろう。1打席目で、これ以上ない結果を残す。追い込まれながら同学年のドラフト1位左腕河野の、内角に入ってくる直球を思い切り引っ張った。芯を食った打球は広い札幌ドームの左翼スタンド中段まで飛んだ。プロ初安打が初本塁打になった。

 ホークスの捕手で高卒4年目までに本塁打を放つのは1996年9月に城島健司(現球団会長付特別アドバイザー)が2年目で記録して以来のこと。その先人から、打球に力を伝えるため「体の近いところをバットを通していく」と授かったアドバイスを体現する一発だった。

 捕手としては日本選手で初めて米大リーグにも挑戦した先輩と同じく九州の高校でプレーし、九州に本拠地を置く唯一のプロ野球チームからドラフトで指名された。もっとも、自身の高校時代は「アンチ」の声に悩まされた時期もあった。

 メンバーの大半が県外出身者。そのため、チームが強くなるほどに向かい風も強くなっていった。ある試合では相手チームが初回に大量得点するとスタンドが盛り上がり、自チームへの聞くに堪えないヤジが飛び交って退場者が出ることがあったという。「さすがにこたえましたけど、僕らは悪いことをしているわけではないので…」。心ない声に、大阪生まれの高校生は苦しめられていた。

 2016年。3年春のセンバツで4強入りした直後に熊本地震が発生した。本震から3日後の4月19日には八代市も震度5強の揺れがあり、寮の近くで火災も起きた。最後の夏へ向け仕上げに入る時期に、主将だった九鬼は大阪の実家へ一時帰宅を余儀なくされた。

 練習が再開できたのはおよそ1カ月後。野球に打ち込みながら、避難所の清掃などボランティアも積極的に行った。すると寮の食料が尽きかけた時に近所の人たちが分けてくれることもあり、絆が生まれた。

 「今では八代に感謝している。ここまで来られたのは、八代の高校でやったおかげ。日々成長して、いつでも1軍の捕手を任される選手になりたい」

 八代から約1500キロ離れた北の大地に架かった鮮やかなアーチは、ささやかではあっても明るいニュースとして被災地に届いたはずだ。 (鎌田真一郎)

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