新体操日本代表の17歳「笑えない」欠点を克服した瞬間

西日本スポーツ 末継 智章

 東京五輪の金メダル候補に挙がっている新体操団体の日本代表「フェアリー(妖精)ジャパン」で、17歳の稲木李菜子(東京・駒場学園高)=熊本市出身=が存在感を高めている。日本が団体総合で44年ぶりの銀メダルを獲得した昨年9月の世界選手権では出場メンバーに入れなかったが、昨年12月の宗像合宿(福岡県宗像市)から主力組で練習する機会が増えた。2016年の熊本地震で被災してもくじけず、母の智子(48)を感動させてきた「肥後の妖精」が歩む演技と成長の軌跡とは-。 (末継智章)(文中敬称略)

 華やかな演技を見て憧れ、李菜子は2歳ごろから新体操に魅了されていた。3歳上の姉・菜々子が通うみどり新体操クラブ(熊本市)の練習を智子と見学。6歳になった2009年に加入した。

 「入りたいと言いだしたのは4歳ごろ。姉と練習時間が違うし、末っ子が赤ちゃんだったので私が送迎できないと思い我慢させた。(望みがかなわず)じたばたしていたので、練習に通えたときは楽しそうでした」

 小学1年生だった11年2月には「全日本チャイルド選手権」に合わせて行われた「全日本キッズコンテスト」に初出場。初の全国大会で李菜子は刺激を受けた。

 「小学3・4年生の部で優勝したのが(19年の世界選手権に個人で出場した)喜田純鈴(すみれ)さん。大会後に自宅のビデオで彼女の演技を見た李菜子が『この子の演技ができたら、私も一番になれる?』と聞いてきた。『やれるものならやってごらん』と答えたら目の色が変わった」

 弓道で国体に2度出場した智子譲りの負けず嫌い。小学2年生になる直前にみどり新体操クラブで、選手として本格的に強化するコースに進むと、先輩たちの演技をまねしながら次々と自分のものにした。ただし、演技中の感情表現が苦手だった。

 「普段は笑うし怒る普通の子が、演技になると笑えない。『跳べと言ったら跳ぶのに、なんで笑えないの?』と口論した。お姉さんたちに憧れて難しいことをやっていたからか、技を披露するのに必死で笑う間がなかったのかも」

 小学3年生だった13年2月に千葉で開催された全日本チャイルド選手権。努力の大切さを伝えたかった智子は大会前から「予選通過しなかったら(自宅に)連れて帰らない」とハッパをかけ、予選で使うボールの自主練習に付き添った。迎えた予選の試技で李菜子は初めて笑い、小学3・4年生の部で予選を1位通過。最終的に準優勝した。

 「ポーズを取った瞬間、にこっと笑って。私は涙を流しながら必死に目を開けていた。今でも脳裏に焼き付いていて、思い出すと涙が出る」

 13年に東京五輪の開催が決まると五輪出場を目指すようになった。中学入学直後の16年4月、最大震度7の熊本地震に遭った。熊本市内の自宅に被害はなかったが数日間は車中泊を強いられ、練習場は避難所になった。不安な日々。李菜子はみどり新体操クラブのパーカを着ないと眠れなかった。

 「ずっと練習していた友達と会えず、練習をしないといけないという思いがあったのかな。パーカが彼女のよりどころになっていたと思う。週1回休むかどうかだった子が長い期間練習できなくなり『この子の努力はこれで終わるのかも』と諦めかけた」

 避難所生活の子もいたが、保護者たちは練習再開を目指して熊本県内で借りられる体育館を探した。地震の約2週間後に見つけたのは山鹿市の体育館。通常でも車で1時間かかるが、余震の影響もあって道路事情が悪く3時間かかった。

 「毎日一緒にいた子たちで遊ばせたいという思いで集まったら、子どもたちは2週間ぶりにもかかわらず練習通りの演技ができた。ちゃんと体が覚えていたんです。李菜子は夏の九州中学校大会で個人総合を優勝し、全国中学校大会も全日本ジュニア選手権も行けた。よく頑張ったと思う」

 中学2年の全日本ジュニア選手権で6位入賞。アジアジュニア選手権の団体メンバーに2年連続で選ばれて2連覇に貢献した。だが、個人では国内でも全国制覇の経験がない。中学3年の全国中学校大会はフープの演技で最後に足で止めて終わるはずが場外に蹴飛ばしてしまい、大減点が響いて16位に終わった。

 「あんな失敗は初めて。家に帰ってからも泣く姿を見て、気持ちが完全に折れたなと思い、私も泣いた。でも『これで終わりじゃないよね』と励ました」

 約1カ月後に佐賀市で行われた全国規模の大会「かささぎ杯」。最終的には準優勝だったが、満面の笑みで披露するクラブの演技に会場の拍手と声援はしばらく鳴りやまなかった。直後に「フェアリージャパン」のオーディションに受かって日本代表入りを果たしたため、結果的にこれが個人として出場する最後の大会になった。

 「全中(全国中学校大会)での失敗を生かし、李菜子史上最高に盛り上がった演技。代表入りしてロシアに行ったので全日本ジュニアを辞退したが、もう少し個人の演技も見たかった」

 昨春には都内の高校に進学。夫の実家がある熊本県八代市でトマトを栽培する智子は、1年の大半を代表合宿に明け暮れる娘に会えず、1月の芦北合宿の際に塩トマトを差し入れしたのが久々の再会だった。新型コロナウイルスの影響で李菜子が自宅待機になった3月、智子は娘が好きなパズルの雑誌を送った。

 「五輪が延期になって多少気落ちしたかもしれないけど、あの子なら大丈夫。今はレギュラーがけがしたときに入れる状況だから『最強の助っ人を目指せ』と言っている。頑張ってレギュラーを争ってほしい」

PR

スポーツ アクセスランキング

PR

注目のテーマ

福岡ソフトバンクホークス アクセスランキング