あと1点…五輪を紙一重で逃し続けた男 運命変えた「自衛隊の名物訓練」

西日本スポーツ 西口 憲一 伊藤 瀬里加

 ライフル射撃男子で東京五輪代表に内定している松本崇志(36)=自衛隊、長崎県島原市出身=は2008年北京五輪から3大会連続で五輪まであと一歩のところまで迫りながら出場を逃してきた。4度目の挑戦でようやくつかんだ「TOKYO」の切符。大会は1年延期されたが、日本ライフル射撃協会は7月に内定者の代表権維持を決定した。松本は37歳で迎える大舞台に向け、気持ちを引き締めてトレーニングに励んでいる。

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 7月に東京五輪ライフル3姿勢男子代表の松本の内定継続が承認された。来年1~3月に設定される競技会で一定の基準を超えることが条件ながら、競技力の確認が目的で高い条件にはならない見込みだ。

 「安心というよりも気が引き締まりました。五輪がいつ開催されようとも、目標はメダル獲得です。それに向けて、課題を一つずつクリアし準備していきます」。松本は誓いを新たにした。

 五輪会場となる陸上自衛隊朝霞訓練場は、所属する自衛隊体育学校と同じ敷地内。コロナ禍で合宿や試合ができない間も「本番と同じような環境、気温、風など経験できて、イメージを高められました」と1年先を想定して練習した。

 “4度目の正直”でつかんだ五輪切符だ。2008年北京五輪では予選を兼ねた世界選手権で出場枠獲得に1点足りず、12年ロンドン、16年リオデジャネイロも紙一重で出場を果たせなかった。リオの落選後、1992年バルセロナ五輪銅メダリストで当時指導を受けていた木場良平氏に指摘された。

 「3大会を目指してきてわずかに足りない部分があるよね。気持ちを入れ替えたり、何かを学んだりするためにも、気づくためにも勉強しよう」

 恩師の言葉をきっかけに、松本は決断を下す。2016年4月、競技から離れて福岡県久留米市にある幹部候補生学校に入校。10カ月間、競技用のライフルを握らず、厳しい鍛錬を積んだ。「これを乗り越えないと競技につながらない、と常に『心の芯』として思っていた」。一番の大きな経験は同年11月に行われた「100キロ歩行」。総重量約30キロの荷物を背負って佐賀県から長崎県へ、3日間かけて歩く名物訓練だ。達成すると不思議と自信がついた。「もっと負荷をかけられる。そしたらもっとうまくなれる」。復帰後、18年アジア大会銅メダルなど成績も向上。悲願の五輪代表権獲得につなげた。

 射撃の魅力について「(的の)10点を撃つ感覚は…ごみを丸めてごみ箱に投げて入ると気持ちがいいじゃないですか。あの快感、感覚に似ている」と表現する。狙うは常に10点。そのまなざしは、東京の的を鋭く見据えている。(西口憲一、伊藤瀬里加)

 

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