「思い出つくり」じゃない初めての甲子園、白血病で逝った亡き友の存在が力に

西日本スポーツ 前田 泰子

 ◆2020年甲子園高校野球交流大会 加藤学園3-1鹿児島城西(12日、甲子園)

 春夏通じて初めて甲子園の土を踏んだ鹿児島城西は、加藤学園(静岡)に1-3で敗れたが、9回に八方悠介(3年)の安打を起点に1点を返して意地を見せた。福岡ダイエー(現福岡ソフトバンク)、西武などで活躍し、甲子園初采配となった佐々木誠監督(54)の初勝利は持ち越された。

 「0」のままでは帰れない。最終回に鹿児島城西が意地を見せた。代打砂川侑弥(3年)の左翼線二塁打で、一塁走者の八方は左翼手が打球処理をミスしたのを見て一気にホームを狙った。「三塁コーチは止めたけど自分で行けると思った」。学校の“甲子園初得点”を記録した。

 エースで4番の八方。「思い出をつくりに来たわけじゃないぞ」と佐々木監督に言葉を掛けられ、甲子園のマウンドに立った。6回に先制されたが、140キロ台の直球とチェンジアップやスプリットなどの変化球を織り交ぜて7回まで8奪三振。冷静に投げてきたが、8回2死二塁、右中間ランニング2ランを浴び、マウンドを降りた。

 「エースとしてふがいない投球をしてしまった。結果を出せず悔しい気持ちがあったけど、半面、甲子園は楽しかったしうれしかった」。ようやく立てた憧れのマウンド。悔しさも喜びも感じられた。

 選抜大会の中止、コロナ禍での休校、そして夏の大会の中止…。度重なる試練に野球への情熱をなくした時期もあった。そんな八方を奮い立たせたのは天国の友の存在だった。小学5年の時、クラスメートの「ナオヤ」こと金高尚矢さんが白血病を発病。闘病の末に中学1年の時にこの世を去った。八方は休校で佐賀県唐津市の実家に戻った際、友の両親が闘病生活をつづった本を読んだ。「生きている以上は全力でやらなくちゃ駄目だと思った」。もう一度大会を目指して頑張ろうと思い直した。試合前にも小学校の担任の先生から「ナオヤが見てるから、最後まで頑張れ」とメッセージが届いた。

 八方は進路について「これからゆっくり考えます」と明言しなかった。ただ「ナオヤ」が亡くなった時に書いた手紙の内容を明かした。「俺がプロ野球選手になったら、ヒーローインタビューでナオヤの名前を言うから」。鹿児島城西の歴史をつくったエースは、友との約束を果たすことを改めて誓った。 (前田泰子)

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