父は「日本パラリンピックの父」、中村太郎・日本障がい者スポーツ協会医学委員に聞く「コロナの影響」

西日本スポーツ 松田 達也

 パラリンピック東京大会の開幕まで24日であと1年になる。日本障がい者スポーツ協会の医学委員を務める整形外科医で、大分中村病院(大分市)の中村太郎理事長(59)は2000年シドニー、04年アテネの両パラ大会で日本代表選手団のチームドクターを経験。1964年東京パラリンピックの日本選手団の団長で「日本パラリンピックの父」と称される故中村裕(ゆたか)氏の長男でもある。1年延期になった東京大会への課題やパラスポーツへの思いを聞いた。

コロナが与える影響

 新型コロナウイルスの感染拡大によって東京大会が1年延期になった。中村理事長は「多くの方が健康を損なっている。仕方ないことだと思うが、何年もかけて準備をしてきた選手や関係者には残念なこと」と語った。

 1年後の開催に向けた課題として指摘するのは、新型コロナウイルスがパラアスリートに与える影響だ。「障害によって違ってくる」と前置きした上で説明した。

 「例えば視覚障害者の陸上は伴走者が必要。そこは密になるかもしれない。サポートが必要なのにしゃべれなくなる恐れもある。(車いす競技に多い)頸髄(けいずい)損傷の選手は呼吸機能が落ちるので、今まで以上に肺炎に注意しないといけない」

父・裕氏との思い出

 中村理事長は「日本パラリンピックの父」と呼ばれる故中村裕氏の長男。裕氏は64年東京パラリンピックで日本選手団の団長を務めたほか、大分県別府市の社会福祉法人「太陽の家」を創設。障害者の社会活動参加や雇用を後押しする活動に取り組んだ。

 中村理事長は「小さい頃から、障害のある方が家でご飯を食べていたり、寝泊まりしていたりという環境だった」と振り返る。障害者と接することに違和感のない環境で育った。「父の後を継ごうと思ったことはない。ただ自然の流れで」自らもパラスポーツへの関わりを深めた。

 裕氏の影響もあり、大分市では車いすマラソンの大会が毎年秋に開催されるなど、市民が障害者スポーツと接する機会がある。中村理事長はパラスポーツの浸透に向けて「ボランティアでもいいので、関わりを持つことが大事では」と話す。

 自身は日本代表のチームドクターを務めた経験から「整形外科医だった自分は車いすの選手との接点は多かったが、いろんな障害のある方の取り組みを間近で見て、自分の理解が広がった。視覚障害の競泳では選手が壁にぶつからないように(コーチが)棒でたたくということも、整形外科だけやっていては知らなかった。接して気づくことはある」と明かした。

 「医療の世界でパラスポーツはまだマイナー。多くのドクターにとっては福祉やリハビリという意識の方が強いのでは。東京パラ大会がパラスポーツはスポーツだと意識を変えるきっかけになれば」。東京大会では、バドミントン競技の医療統括者を務めることが決まっている。「主人公は選手や監督たち。医者として関係者の下支えができれば」。大会開催を願いながら、夢舞台を目指すパラアスリートを後方支援する思いだ。 (松田達也)

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