あと1人で来日初勝利、ピンチでマウンドにきたコーチに「もう1人行かせてください」…三振奪ったソフトバンク・ムーア

西日本スポーツ 鎌田 真一郎

〈鷹番が見た〉

 ◆ソフトバンク3-0日本ハム(29日、ペイペイドーム)

 期待の米メジャー54勝左腕が帰ってきた。左ふくらはぎの故障明けで約2カ月ぶりに先発したマット・ムーア投手(31)が5回4安打無失点。縁ある日本で不要なこだわりを捨て、3度目の登板で来日初勝利を挙げた。チームの連勝を今季最長の7に伸ばした立役者は、恒例イベント「タカガールデー」で女性ファンから祝福を受けた。貯金も今季最多の13。「混パ」脱出はもう時間の問題だ。

■復帰登板5回0封

 リミットは迫っていた。左ふくらはぎを痛めてから2カ月ぶりの1軍登板となったムーアの球数のめどは90球だった。5回1死一、二塁で川瀬のビッグプレーが飛び出し、2死一、三塁までこぎ着けた時点で89球。「もう一人行かせてください」。マウンドに駆けつけた森山投手コーチに自分の意思を伝えた。抑えても、打たれても、次の西川が最後の打者だった。

 最大のピンチにも表情を変えない。制球に狂いが生じながらも、1ボール2ストライクからの4球目は最速152キロの直球を投げ込む。勝負球となった6球目に選んだのはチェンジアップ。空を切らせ七つ目の三振を奪い、5回無失点で来日初勝利を手にした。

 「投げ急いだところがあったけど、最後のアウトを取れて良かった。ホームで来日1勝目を挙げられたことがうれしい」。初登板だったペイペイドームのお立ち台には、いつもの柔和な表情のムーアがいた。

 米大リーグで通算54勝。そのプライドはあるが、それをしのぐ適応力がある。来日初登板だった6月23日の西武戦。自らカットボール主体の組み立てを求めて投げた結果は4回6失点でKOだった。「日本打者の特徴を知っている甲斐をもっと信じてみよう」。不要なこだわりは捨て、次戦の同30日の日本ハム戦は6回1失点と結果が出た。確実に初勝利が近づいていた中での離脱だった。

 プライドを抑え、郷に入っては郷に従えるのも、20年ぶりに導かれた縁ある日本だからこそなのかもしれない。父親が米軍関係者だったことで1996年から沖縄で5年過ごした。「プロ野球のキャンプをやっていたことを覚えている」という第二の故郷であり、コロナ禍で「今どうなっているか、いつか行ってみたいな」と望郷の念にも駆られるという。

 米国での野球生活でも「日本」との交わりがあった。メジャーに昇格した2011年にレイズで背番号55を与えられた。翌12年に巨人、ヤンキースなどで19年間、55を着けてきた松井秀喜が入団する。その背番号を譲ることを自ら打診したが「気遣いはうれしいけど、いらないって言われたんだ」と振り返る。自己最多の17勝を挙げることになる13年。松井がヤンキースと1日契約を結び引退セレモニーを行った試合で偶然、先発し、キャリアをねぎらう場に居合わせた。「あの時のことは覚えているけど、僕がまた日本に来るとは思っていなかった」

 入団時の大きな期待からすれば、少し遅い日本での初勝利だったかもしれない。それでも「コレクションの一つになる」と笑ったサウスポーは、ようやくつかんだウイニングボールを大事そうに握りしめた。 (鎌田真一郎)

PR

福岡ソフトバンクホークス アクセスランキング

PR

注目のテーマ